石川県加賀市

温泉街に沿って流れる美しい渓谷「鶴仙渓」

2021.05.16

この記事では、日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介します。
今回スポットをご紹介頂いたのは、長年地域を愛し、訪れる人に山中温泉の魅力を伝えると共に自然を守る活動を続けている、かよう亭の亭主・上口昌徳(かみぐちまさのり)さんです。

豊かな自然に囲まれた石川屈指の人気観光地・山中温泉

石川県南部の山あいに位置する加賀市・山中温泉は、県内外から多くの人が訪れる人気の観光スポットです。山中の温泉は身体の芯まで染み渡り、身も心も潤すと松尾芭蕉が称賛した温泉のひとつ。芭蕉の句から命名された総湯・菊の湯は、公衆浴場として地元の人々に親しまれています。

また、伝統工芸・山中漆器(山中塗)や九谷焼発祥の地としても有名なほか、近年では新しい宿泊施設やカフェ、スイーツ店なども次々とオープンし、ますます注目を集めています。

そんな山中温泉の中心部を少し外れたところに、緑に囲まれた1万坪の敷地にわずか10室だけの小さな温泉旅館「かよう亭」があります。訪れた人がたちまちファンになり、多くの方がリピーターになるというこの旅館は、心を尽くしたおもてなしと素材にこだわり身体を潤す食事が自慢です。

長年この地を愛し、訪れる人に山中温泉の魅力を伝えると共に自然を守る活動を続けている、かよう亭の亭主・上口昌徳(かみぐちまさのり)さんに「100年先に残したいもの」を伺うと「鶴仙渓(かくせんけい)」を教えてくれました。

「手付かずの豊かな自然こそ、山中温泉の財産です。特に鶴仙渓は山中の自然を身近に感じられる場所。地元の人たちは朝の散歩に鶴仙渓を歩くことが多いです。鶴仙渓からゆげ街道を一周すると約3kmとなるので良い運動になりますし、散歩帰りに総湯に寄って汗を流すのは格別です」と話してくれました。

温泉街中心部のすぐそばに広がる絶景

鶴仙渓とは温泉街に沿って流れる大聖寺川(だいしょうじがわ)の渓谷で、上流のこおろぎ橋から黒谷橋(くろたにばし)まで1.3kmの区間を指します。川沿いには遊歩道が整備されており、散策しながら四季折々の美しい景色が眺められると評判。特に紅葉の季節は多くの観光客でにぎわいます。温泉街中心部のすぐそばに、これだけ豊かな自然が広がっていることに驚きです。

「子どもと一緒に歩くと、ひと味違った楽しみがあるんです」と上口さん。「かの芭蕉が訪れたとか個性的ないくつかの橋がある、といった難しいことは子どもに分かりませんが、普段の町や住宅地を離れて鶴仙渓を歩けば、子どもは冒険のような感覚で1.3kmの景勝地を歩きます。大人も一緒に歩くだけで、自らが子ども時代に戻ったような感覚になるんです」

山中温泉観光協会の武田克広(たけだかつひろ)さんに、実際に鶴仙渓を歩きながら見どころを案内していただきました。武田さんは山中温泉出身で、幼い頃から河原で水遊びをしたり、川釣りを楽しんだりして鶴仙渓に親しんできました。

「子どもと一緒に歩いたり、犬を連れて歩いたりする方もたくさんいらっしゃいます」とのこと。幅広い人にとって憩いの場所になっていることが伺えます。ちなみに渓谷沿いには遊歩道が整備されていますが、ところどころ未舗装の場所もあるので、歩きやすい靴で訪れることをおすすめします。

鶴仙渓には上流と下流があり、正式なスタート地点はありません。私は普段、下流から上流に向かって歩くことが多いのですが、今回は上流のこおろぎ橋からスタート。いつもとは逆のルートで歩いてみると、慣れ親しんだ景色も新鮮に感じられました。総ヒノキ造りのこおろぎ橋ですが、なんだか若々しい印象。実は20年に1度架け替えを行っており、こちらは2019年秋に生まれ変わったばかりだそう。

鶴仙渓の大きな魅力のひとつとして、柵のように人と自然を隔てるものがなく、自然の中に入っていくような没入感を味わえることがあります。歩みを進めると、すぐそばに川が流れていたり、両脇には伸びのびと育つ木々が立ち並んでいたりと、身近に自然を感じることができます。

また、川のせせらぎが心地よく、鳥のさえずりやカエルの鳴き声が響き渡り、日常を忘れて自然に癒されます。

上流と下流のちょうど中間に、当地を象徴するスポットのひとつ「あやとりはし」があります。いけばなの草月流三代目家元である故・勅使河原宏(てしがはらひろし)氏が「鶴仙渓を生ける」というコンセプトでデザインしたS字型の橋です。下から眺めた姿もユニークなので、ぜひ見上げてみてくださいね。

そして鶴仙渓のもっとも下流には、重厚なアーチ型の石橋・黒谷橋が架かっています。1935年に架けられたこの石橋はとても趣があり、特に秋には、紅葉と相まって美しい景色を演出します。

人々によって大切に守られている木々や草花

鶴仙渓を歩きながら、ところどころで手書きの札を見かけました。「草・木・花・山野草・岩苔類・育成中です 優しく見守って下さい」。散策ルートには「ポイ捨て禁止」や「立ち入り禁止」といった細かいルールを定める看板は立てられていませんが、いつ訪れても草花は生き生きとしていて、ゴミひとつ見つからず、美しく保たれています。地元の人々や訪れる人たちの自然を愛する気持ちが、鶴仙渓の景観を守っているのです。

一面に群生する苔も見どころのひとつです。武田さんによると、特に最近は苔がブームになっていることから、カメラやルーペを片手に苔を観察する人が増えているとか。苔の種類も豊富にあり、天候や季節によっても様々な表情を楽しめます。

期間限定でオープンする川床で、ホッとひと息

途中で歩き疲れたら、あやとりはしの近くに毎年春から秋にかけて期間限定でオープンする休憩所・川床でひと休み。お座敷やペアシートがあり、お茶やスイーツを味わえるほか、山中温泉街の飲食店が提供する川床弁当をテイクアウトして食べることもできます。年間約3万人が訪れる人気のスポットで週末は多くの人で賑わうため、平日や午前中に訪れるのがおすすめです。

私も座敷席に腰掛けて、山中出身の和食料理人・道場六三郎(みちばろくさぶろう)氏が監修した「川床スイーツ」をいただきました。「川床ロール」は、スポンジには地元のみそ、クリームには加賀棒茶を使用しており、ほんのりとした甘味と豊かな香りが特徴。またお盆や器、お皿は山中漆器なので、ぜひ上質な手触りの良さを感じてください。

地元の人たちが日常的に散歩や休日のリフレッシュで訪れたり、観光客が自然に癒されたりと、多くの人々に親しまれている鶴仙渓。私たちを癒し、季節ごとに様々な景色で楽しませてくれるこの場所は、この先も形を変えることなく未来に残していきたい地域の財産です。

施設情報はこちら

スポット名
鶴仙渓

住所
石川県加賀市山中温泉東町1丁目〜こおろぎ町

電話番号
0761-78-0330(山中温泉観光協会)

営業時間
なし

休業日
なし

※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。

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地域ナビゲーター

井上 奈那

中部支部 地域ナビゲーター
井上 奈那

新潟生まれ、日本海側と太平洋側を行ったり来たりした後、2016年から石川県金沢市在住。新聞社、雑誌社勤務を経て、2020年に独立。令和ベビーとビーグル犬、夫の4人家族でゆかいに暮らしながら「馬人舎(ウマヒトシャ)」という屋号で書いたり編んだりしています。