岩手県奥州市

900年以上の時を経て進化し続ける南部鉄器

2023.05.01

日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、岩手県奥州市にある老舗菓子店「後藤屋」さんに「南部鉄器」をご紹介いただきました。

岩手を代表する伝統工芸品を未来へ伝えたい

今回、奥州市の「100年先に残したいもの」をご紹介いただいたのは、この街で80年近くの歴史を持つ菓子店「後藤屋」の後藤大助(ごとう だいすけ)さんです。後藤さんは「奥州市にはいろんな魅力がありますが、なかでも岩手を代表する伝統工芸品の南部鉄器は、暮らしに身近なものとして在り続けてほしい逸品です」と教えてくれました。

岩手で暮らしていると、雑貨店やカフェなどで南部鉄器を見かける機会は多いものの、歴史や作り方を知っているかと聞かれると自信がありません。ここは一つしっかり勉強しなければと、一路、奥州市へ向かいました。

 日本一の「ジャンボ鉄瓶」がある鋳物の街  

到着したのは、JR東北新幹線の水沢江刺駅。駅前には一際目を引く鉄製のモニュメント「ジャンボ鉄瓶」が鎮座していて、ここが鋳物の街であることを感じさせてくれます。このモニュメントは地元にある水沢鋳物工業協同組合の皆さんが力を合わせて作り上げた力作で、容量はなんと6500リットル。湯のみ茶碗にして、およそ75000杯を淹れることができるのだそうです。

岩手には県名の由来とされている「大きな岩に手形を残した鬼の伝説」があるのですが、その鬼ならちょうどいいサイズかも…なんて考えが頭をよぎります。

南部鉄器の歴史と魅力がわかる注目スポット 

巨大なモニュメントを眺めながら向かった先は、駅から徒歩1分ほどの場所にある「奥州市伝統産業会館」です。ここは1986(昭和61)年に開館した施設で、「ジャンボ鉄瓶」を手掛けた水沢鋳物工業協同組合が運営しています。館内には歴代の名だたる職人が製作した鉄瓶を作る際に使う道具類を展示。人形による南部鉄瓶工房再現コーナーもあり、昔ながらの製造風景を知ることができます。

南部鉄瓶は砂と粘土で作った型を高温で焼き固め、そこに約1400℃の溶けた鉄を流し込んで作ります。さらに鉄瓶は900℃ほどの炭火で焼く「釜焼き」という工程を経ることで酸化皮膜を作り、さびを防止。冷めたら研磨をして形を整え、ウルシを塗って完成となります。

一連の工程のほとんどに熟練の技が求められるため、「一人前の職人になるには10年以上かかる」と言われるほど。南部鉄器はこの土地に伝わってから、900年を超える時間をかけて磨き抜かれた職人技の結晶なのです。

時代を超えて交わり発展する南部の鉄器 

現在、南部鉄器の主な産地は奥州市と盛岡市などに分かれますが、その成り立ちは異なります。奥州市は、世界遺産として知られる平泉を築いた藤原清衡(ふじわら きよひら)が、平泉に移り住む前に奥州藤原氏の初代当主として治めていた場所。その藤原公が近江国(現在の滋賀県)から鋳物師を招き、鍋や釜を作らせたのが始まりとされています。一方、盛岡市やその近郊で鉄器が作られるようになったのは、江戸時代に南部藩主が京都から釜師を招き、茶の湯釜を作らせたのがきっかけです。

当時、奥州市は伊達藩、盛岡市は南部藩と違う藩に属していたため、それぞれが独自のルートで定着していきました。やがて昭和30年代に入り「岩手県全体として南部鉄器を守り発展させていこう」という機運が高まり、現在に至っています。

 時代や暮らしに合わせて進化する南部鉄器 

次にお邪魔したのは、車で5分ほどの場所にある及源鋳造(おいげんちゅうぞう)です。この街で170年以上も南部鉄器を作り続けている会社で、2022(令和4)年には敷地内にファクトリーショップをオープンしました。店内には昔ながらの鉄瓶をはじめ、現代の暮らしに合ったデザインと使いやすさを追求したアイテムがズラリと並んでいます。

フライパンや鍋、皿のほか、キャンプで活躍しそうなダッチオーブンやホットサンドメーカーなど、眺めているだけでワクワクしてしまうラインナップ。事前に予約すれば工場を見学することもできるので、職人の技を堪能した上でお気に入りの商品を選ぶのもオススメです。

それぞれの鉄器に宿り伝わる職人の体温 

及源鋳造の5代目社長を務めている及川久仁子(おいかわ くにこ)さんは、「南部鉄器は全て職人の手で作っているため、完全に同じものはできません。一つ一つの鉄器が持つ個性や、高い技術を備えた職人にしか出せない美しい鋳肌(いはだ)を楽しんでいただけたらうれしいです」と語ります。

確かにショップに並んだ鉄器を眺めていると、計算し尽くされた美しさと同時にぬくもりも伝わってくるように感じられます。それは、人の手で作られたからこそにじみ出る温かさなのかもしれません。

南部鉄器は毎日の暮らしの中で育てて使う  

南部鉄器といえば鉄分補給に役立つことで知られていますが、その一方で「鉄はすぐに錆びるから扱いが難しそう」という声も少なくありません。かくいう私も鉄器のフライパンを使い終わった後は、油を染み込ませるシーズニングを行わないといけないと思い込んでいました。しかし、及川社長いわく「毎日使うものなら、そこまで気を使う必要はありません」とのこと。そもそもシーズニングをする理由は空気中の水分を鉄器に付着させないためで、頻繁に使うアイテムなら洗った後にしっかり乾燥させておけば大丈夫なのだそうです。

及川社長は「鉄器は毎日使い続けることで馴染み、使いやすくなっていきます。そのため『育てて使う』とも言うんですよ」と、教えてくれました。

鉄瓶でお湯が沸くのを待つ静かなひととき

そんな及源鋳造が掲げているメッセージは「愉しむをたのしむ」という言葉。心から愉しんで作った鉄器を使い続けてもらうことで、驚きや感動、そして自分だけの「たのしい」を見つけてほしい。そんな思いが込められています。そのため同社のホームページには、商品の紹介だけでなく鉄器を使ったレシピや日常生活に取り入れるためのヒントが満載。その背景には、及川社長やスタッフの熱い思いがありました。

「南部鉄器がなくても日常生活に困ることはありません。でも鉄瓶を使ってお湯を沸かす時間は、忙しい毎日をふっとゆるめてくれる大切なもの。そんな余白のような時間を、南部鉄器とともに愉しむためのヒントを伝えていきたいです」

100年先の未来も、人が人らしく暮らすために 

今回、南部鉄器をご紹介いただいた後藤さんも「初めて製造現場を見たときには、職人さんの技術によって丹精込めて作られていることを知り感動しました。ぜひ皆さんにも知っていただきたいです」と語ります。高い技術によって生み出される南部鉄器は、守るべきものであると同時に人の心に触れるもの、そしてより豊かな心で人生を愉しむために必要だからこそ、受け継がれてきたのかも知れません。

今から100年前の人たちは、家に土間があり、かまどでご飯を炊き、井戸で水を汲む暮らしが日常でした。これから100年先の人々は、果たしてどんな暮らしを営んでいるのでしょうか。取材を終えた今、鉄瓶でぽこぽことお湯を沸かす時間を「たのしむ」毎日が、100年先にも在り続けてほしいと感じています。

施設情報はこちら

施設名
奥州市伝統産業会館
住所
岩手県奥州市水沢羽田町駅前1-109
電話番号
0197-23-3333
開館時間
9:00~17:00
入館料
一般/200円、高校生以下無料
休業日
年末年始
 
施設名
及源鋳造株式会社 OIGENファクトリーショップ
住所
岩手県奥州市水沢羽田町字堀ノ内45
電話番号
0197-25-5925
営業時間
10:00~17:00
休業日
水曜
 ※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。

地域ナビゲーター

山口 由

東北支部 ふるさとLOVERSナビゲーター
山口 由

2011年、東日本大震災をきっかけに横浜から盛岡へUターン。現在はフリーライターとして、お店や人材の紹介、学校案内、会社案内、町の広報誌など幅広く活動中。取材を通して出会うさまざまな人の思いや歴史を知り、「岩手ってすごいなぁ」と実感する日々を送っています。趣味は散歩と読書、長距離ドライブなど。