石川県金沢市

絹糸でかがる伝統美「加賀てまり」

2023.05.01

日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、石川県地域ナビゲーター・森井真規子さんの「100年先に残したいもの」をご紹介します。それは、藩政時代から受け継がれてきた工芸品「加賀てまり」です。

城下町金沢の、あでやかな伝統工芸

九谷焼、金沢箔、加賀友禅、金沢漆器――。伝統工芸がさかんな石川県のなかでも、金沢は工芸の集積地として知られます。それらの多くは、かつて加賀藩が奨励した“ものづくり文化”がルーツ。今回紹介する「加賀てまり」も、藩政時代から受け継がれてきた工芸品です。

「加賀てまりとは?」という説明は後回しにして、まずは実際にご覧いただきましょう。いかがですか?この緻密な幾何学模様、豊かな色彩、そして絹糸が放つあでやかな光沢。小さな球体に繰り広げられる美しい世界に、吸い込まれてしまいそう!

加賀てまりのルーツは、わずか3歳にして加賀藩主に嫁いだ徳川家の姫君・珠姫(たまひめ)の花嫁道具。江戸から持参した愛らしい手まりはやがて城下に広まり、今でも金沢では嫁ぐ娘の幸せを願って手まりを持たせる風習が残っています。

祖母伝来の加賀てまりに魅了されて

こんにちは!ふるさとLOVERSナビゲーターの森井真規子です。こちらの加賀てまりは、私が数年前に祖母から譲り受けたもの。祖母は大正生まれでしたから古いものだと思われますが、色あせながらも華やかさは失われておらず、大切にされてきたことが分かります。丁寧な針運びがうかがえる繊細な美しさに一瞬で心を奪われて以来、加賀てまりのことをもっと知りたいと思うようになりました。

“工芸王国”といわれる石川県でライターとして活動していると、作り手を取材する機会がよくあります。作り手の思いにふれ、作品の背景にあるストーリーを知ることで、その工芸品がたまらなく好きになる。そんな経験を何度もしてきました。いわゆる“沼にはまる”というのでしょうか。私が「100年先に残したい」と願う加賀てまりも、沼にはまる予感しかありません。

加賀てまり専門店で、あでやかな伝統美に出合う

今回訪ねたのは、金沢市中心部にある加賀てまり・加賀ゆびぬき専門店「加賀てまり 毬屋(まりや)」。加賀てまり作家の小出孝子(こいでたかこ)さんと、娘で加賀ゆびぬき作家の大西由紀子(おおにしゆきこ)さんが、笑顔で迎えてくれました。

「手まりの産地は全国にあるんですが、加賀てまりの特徴は振ると音が鳴ること」と教えてくれたのは小出さん。「中に鈴が入っていて、音が『よく鳴る』と、持ってる人も『良くなる』っていわれています。縁起物として贈る方も多いですよ」と、手まりの構造を見せてくれました。なるほど、こうやって綿で作った土台の中に鈴を仕込んであるんですね。

加賀てまりの模様には、決まったパターンがあるのでしょうか。「伝統的な模様として代表的なものは、12面の菊花で構成した『十二菊』(画像左)。それから、模様の形状だけでなく色合い(群青・金茶・朱赤)まできまっている『金沢手まり』と呼ばれる柄(画像右)があります」と小出さん。これは…!ため息が出るような鮮やかさです。

伝統をベースに進化を続ける加賀てまり

店内には菊花模様や麻の葉模様といった伝統柄から、あじさいやひまわりをモチーフにしたもの、宇宙を思わせるモダンなデザインまで、さまざまな色や模様の加賀てまりが並びます。

「手まり作りを始めて伝統的な模様をマスターしたら、ちょっとアレンジしたくなるでしょ?こんな模様を試してみようとか、ここの色をグラデーションにしてみようとかね。そしてオリジナルを作りたくなる」と小出さんは楽しそうに話します。もっと良いものを作りたい、もっと技術を高めたい。作り手たちのそうした思いによって、創作手まりが生み出されてきました。

こちらは、デザインのもとになる製図。糸の太さ、本数なども考慮し、計算しながらデザインを起こします。平面の製図が立体の球になり、頭の中に描いたイメージが糸で表現されていく。その過程がたまらなく楽しいのだと、小出さんは話します。「模様が仕上がっていくにつれて、テンションも針のスピードも上がっていくんです。『早く仕上がりが見たい!』って」。

 姑から教わった手まり作りを受け継ぎ、次世代へ伝える

小出さんに手まり作りを教えたのは、義母の故・小出つや子さん。つや子さんは、親戚の家で美しい加賀てまりに出会い、「私も作ってみたい」と独学で習得。伝統の継承だけでなく、「人と同じことをしていてはだめ」と新しい手まりの創作にも情熱を注ぎ、手まり教室「小手毬(こてまり)の会」を主宰するまでになりました。

つや子さんに「あなたもやってみない?」と誘われた小出さんは、たちまち手まり作りのとりこに。後につや子さんの教室を引き継ぎ、現在に至ります。「義母が書きためた製図も全て受け継ぎました」と小出さん。

継承された伝統と創作によって生み出された製図は加賀てまり伝統の模様や技術を記した貴重な資料として後世に受け継がれ、小出さんだけでなく、愛好家にとっても大きな財産となっています。

教室に通うのは「加賀てまりに一目ぼれした」という人、「娘に持たせる手まりを、自分で作りたい」という人などさまざま。「転勤族なので、金沢らしい手習いをしてみたい」と入会する人もいて、そうした人の多くは県外に引越した後も制作を続けているそうです。

小出さんが主宰する小手毬の会は、毎年6月に作品展を開催しており、2023年で47回目を迎えます。「義母が始めた作品展です。毎年の開催はなかなか大変なんですけど、『続けることに意義がある』という思いでコツコツ続けてきました」と小出さん。約半世紀にわたって続けてきた作品展を通じて、加賀てまりの魅力を多くの人に伝え、作り手のすそ野を広げてきたのです。

まるで玉手箱!祖母直伝の加賀ゆびぬき

さて、小出さんの娘の大西さんも加賀てまりを作るそうですが、創作活動のメインは同じく金沢の伝統工芸である「加賀ゆびぬき」。ゆびぬきも、手まり同様に絹糸を1本ずつ重ねて模様を作り出します。

大西さんにとっては祖母にあたるつや子さんも、加賀てまりだけではなく加賀ゆびぬきの創作も行っていました。「進学で県外に出てから、急に金沢らしいものが恋しくなったんです」と大西さん。その時にふと思い出したのが、祖母が作っていた愛らしいゆびぬき。実家にいた頃は特に興味もなかった、あのふるさとの工芸品を自分も作ってみよう。そう思い立ち、創作活動を始めたそうです。

当時「実用品としては絶滅寸前だった」という加賀ゆびぬきは、大西さんの活動によって再び注目を集め、現在はアクセサリーとしても人気です。上の画像は、私が取材時に一目ぼれして購入したペンダント。1本1本の糸が織りなす美しい陰影に心を射貫かれました。「素敵な作品に出会えて幸せです!」と感激する私に、大西さんも「喜んでもらえて私も幸せです!」と笑顔で応えてくれました。

母が受け継いだ加賀てまり、娘が受け継いだ加賀ゆびぬき。いずれも小さな作品の中で大きな世界観を表現する、美しい工芸品です。

一針一針に、幸せへの願いを込めて

加賀てまりが、華やかさのなかに優しさを宿しているように感じられるのは、娘を思う母の気持ちをルーツとしているからかもしれません。嫁ぐ娘に持たせる、つまり誰かを思って作るものだから、受け取った人はその温もりに魅了されるのでしょう。

祖母から母へ、そして娘へ。伝統の技術はもちろんのこと、ものづくりの楽しさや表現する喜び、そして受け取った人の幸せを願う気持ちも、ずっとずっと受け継がれてゆく。取材を終えてから祖母の加賀てまりを改めて眺めると、絹糸でつづられた美しい模様に“幸せ”が縫い込まれているような気がして、なんだか温かい気持ちになりました。この“幸せ”が、100年先の誰かにも届きますように。

施設情報はこちら

施設名
加賀てまり 毬屋

住所
石川県金沢市南町5-7

電話番号
076-231-7660

営業時間
9:30~18:00

休業日
火・水曜

※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。

地域ナビゲーター

森井 真規子

中部支部 地域ナビゲーター
森井 真規子

石川県小松市在住のライター。航空自衛隊、海外生活を経て故郷にUターン。金沢のライター事務所で修業を積み、2005年からフリーランスで活動しています。出会う人やモノ、コトのストーリーを丁寧にすくいあげ、分かりやすい言葉で伝えることを心がけています。