滋賀県彦根市

ずっと残したい町のシンボル「彦根城」

2020.12.27

この記事では、日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介します。
今回登場いただくのは、彦根市で60年以上にわたり精肉店を続けてきた「株式会社千成亭風土」の森野さんです。

江戸時代から育まれる城下町の歴史と文化

滋賀県東部に位置し、県内でも有数の観光の街として知られる彦根市。彦根藩の拠点「彦根城」を中心に栄えた城下町とその文化が、今でも大切に受け継がれています。

そのひとつが、食用の肉牛との関わりです。日本三大和牛のなかで最も長い歴史を持つ「近江牛」は、もともと彦根牛と呼ばれていました。彦根藩は、日本で一番古くから食用の牛を肥育していたと考えられています。この彦根市で60年以上にわたって精肉店を続けてきたのが、株式会社千成亭風土(せんなりていふうど、以下「千成亭」)です。

各地からレストランの出店要請がある千成亭が、ほとんどの店舗を彦根市内に限定している理由は、「千成亭を一つのきっかけにして、彦根市へ観光でお越しいただきたい」から。そう語る外販部の森野宏史部長が教えてくれた「彦根にずっと残したいもの」、それこそが彦根市のシンボル「彦根城」です。

彦根城の顔!マスコットキャラクター「ひこにゃん」

彦根城と聞いて、鎧兜(よろいかぶと)をかぶった白い猫が思い浮かんだ方も多いのでは? こちらが彦根城の名前を一躍知らしめた彦根市キャラクター「ひこにゃん」です。2007年に築城400年を迎えた彦根城で、記念イベントにあわせてイメージキャラクターとして登場したひこにゃん。全国規模で人気になったため、イベント終了後の現在でも、毎日、彦根城に登場しています。

ひこにゃんが登場すると、あっという間に人だかりができて撮影タイムが始まる人気ぶり!

でも、彦根城の魅力はひこにゃんだけではないんです。彦根城についてもっと深く知るために、今回は彦根市歴史まちづくり部 文化財課の三尾次郎さんに案内してもらいました。

戦争に備えてつくられた彦根城の工夫

彦根城の築城が始まったのは、徳川家康が江戸幕府を開いた1603年のこと。江戸時代と聞くと争いのない平和な時代のイメージがあるかもしれませんが、徳川家が豊臣家を滅ぼす大坂冬の陣・夏の陣以前だったため、西日本では緊張状態が続いていました。そんな時期に築かれた彦根城の特徴は、「戦争に備えた城」であること。城を守るためのたくさんの工夫が隠されています。

彦根城の立地も、工夫のひとつ。細長い山の上に城の最重要部分である本丸が築かれていて、片側は琵琶湖岸に近いため、非常に攻めにくい立地でした。彦根城を攻める敵になった気持ちで、階段をのぼっていきましょう。

400年前から使われてきた石積み

階段を登り切ると見えてくるのが、石積みの城壁です。写真でいう右側の「鐘の丸」に登り、橋を渡らないと本丸に行けない構造になっています。これは敵が攻め入ってきた場合も、写真中央の橋を落とせば、本丸に攻め込まれるのを防げるから。

写真中央部のへこみが、かつて橋脚を支えていた跡。橋を支える柱はただ石の上に乗っているだけで、簡単に橋を落とせるような設計です。この部分の石積みは築城当初のものが残っているため、400年以上前の歴史の息吹を感じられます。

実は小さめ!3階建てで急な階段の天守

橋を渡って太鼓丸の階段を登り切ると、ようやく天守が見えてきました。現存している江戸時代の天守のうち5つが国宝に指定されていますが、彦根城はそのひとつです。

近づいてみると、石垣を含めた高さが23mの天守は、意外にも小さいことに気づきます。とがった屋根の形をしている「破風(はふ)」という意匠が18もあり、装飾的な天守です。

天守のなかは3階建てになっていて、階段の角度はなんと65〜67度。戦のために築かれた天守は日常の政務には不便だったため、大坂の陣が終わって平和な時代になると、ほとんど使われなくなったようです。

彦根城の最上階からは、城下町と琵琶湖が一望できます。天守が長方形をしている彦根城は、城下町から見上げるとどっしりとした長辺が見えていて、町に生きる人々に彦根藩の威信と安定した時代の訪れを示そうとしているようです。

ちなみに三尾さんがいちばん好きな天守の角度は、入口から登ってきた向きとは逆側、西の丸から見た姿なんだそう。頑丈な石積みの上に威厳のある天守が映え、まだ時代が安定していなかった歴史の面影を見ることができます。

彦根城の天守が映えるベストスポット・玄宮楽々園

「観光客の方はあまり多く訪れないのですが、おすすめの場所があるんですよ」と三尾さんが案内してくれたのが、城の北東にある「玄宮楽々園(げんきゅうらくらくえん)」。国の名勝に指定されている、玄宮園と楽々園の2つの庭園のことです。

どちらも江戸時代前期に藩主によって庭園および下屋敷として整備されたもので、客人をもてなしたり茶会を開いたりする際に用いられました。穏やかな時代の趣が感じられる建物が、現在でも残されています。

水面に彦根城の天守が見えるこの景色は、楽々園でぜひチェックしたいポイント。名勝、特別史跡、国宝の3つがそろって見られるのは、全国でもここだけなんだそうです。落ち着いた雰囲気で庭園の散策を楽しめるので、穏やかなひとときを過ごせますよ。

地元の人に愛される心のシンボル

彦根城の周りをぐるりと取り囲むお堀は、春には桜が満開になる場所として知られています。でも観光客が多く訪れるシーズンだけでなく、地元では一年を通していつものお散歩コース。朝はラジオ体操をする人もいるそうです。

「地元の方にとって身近な存在になっている様子を見ると、うれしいですね。お城はやっぱり、地元の宝ですから」。そう話してくれた三尾さんの言葉のとおり、彦根城は地元の方々にとって日常の一部であり、心のシンボル。激動の歴史のなかで誕生した彦根城と、この土地で受け継がれてきた文脈を、ゆっくり散策しながら味わってみませんか。

<今回の旅スポット>

住所 滋賀県彦根市金亀町1-1
時間  8:30〜17:00(天守への入場は16:30まで)
定休 なし
TEL 0749-22-2742(国宝・彦根城管理センター)

地域ナビゲーター

菊池 百合子

沖縄支部 地域に関わる編集者
菊池 百合子

編集者。神奈川県で生まれ育ち、滋賀県長浜市で初めての地方暮らしを経験したのち、沖縄県那覇市に引っ越し。フリーランスとして、インタビュー記事を中心にWebメディアや雑誌で執筆している。関心のあるテーマは「地球での暮らし」と「人生の選択肢」。