大阪府大東市

地域の人が守り、受け継いだ御領地区の風景

2023.05.01

日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、大阪府大東市にある「REVOLT CUSTOM CYCLES」の井上正雄さんに「御領地区」をご紹介いただきました。

かつての面影を残す「御領せせらぎ水路」

さまざまな工場が建ち並び、大きな機械を動かす音がどこからともなく聞こえてくるものづくりのまち・大阪府大東市。御領(ごりょう)地区(旧・御領村)は大東市の北西部に位置し、工業地域とは異なる昔懐かしい空気が漂うエリアです。

今では近代的な大都市近郊都市となっている大東市ですが、御領地区はかつて稲作やレンコン栽培が盛んで、見渡す限り水路と田園風景が広がる地域だったのだそう。区画整理によってほとんどの水路が道路へと変わっていく中、「水路のある風景と歴史を残したい」という住民の声から、「御領せせらぎ水路」が整備されました。

ふるさとの懐かしい匂いがする場所

瓦屋根の家屋が連なり、水害に備えて建てられた「段蔵(だんぐら)」と呼ばれる蔵が今もなおその姿を残し、静かな町並みに水の流れる音がささめく。そんな御領地区の古き良き風景を100年先に残したいと話すのは、大東市でハーレーダビッドソンのカスタムビルダーとしてお店を構える「REVOLT CUSTOM CYCLES(リボルトカスタムサイクルズ)」の井上正雄さんです。

「この場所のことを知ったとき、感動したんです。ふるさとと同じ匂いがして、それが嬉しくて嬉しくて……。水路が生活に溶け込んでいたまちという古くからの歴史を残し、守ろうとしているのが素敵ですよね。この御領地区の空気があるからこそ、子どもと散歩をしてのんびり話すこともできるので、とてもありがたいです」

田舟乗船体験を通して、水路のある暮らしを味わえる

古き良き風景の中心にある約290mほどのせせらぎ水路は、「御領せせらぎ水路保存会」の活動によってその景観が維持されています。水路が暮らしになじんだこのまちには、いったいどんな魅力があるのでしょうか。御領せせらぎ水路保存会の会長・田中祥介さんに、御領地区を案内してもらいました。

写真提供/大阪府大東市
写真提供/大阪府大東市

「このあたりには、ほんの60年ほど前までごく自然な光景として水路が広がっていて、『三枚板』と呼ばれる田舟が一家に一艘(そう)ありました。そのころの空気を少しでも感じてもらえたらと思って、4~9月の第1・第3日曜には田舟の乗船体験を行っています」

ゆったりと楽しめる水路沿いの風景

水路のうち約150mほどを小さな田舟が手漕ぎでゆったりと進み、橋の下をくぐるときには頭を下げて、ちょっとしたアトラクションのような体験ができます。参加するのは子どもが多く、田舟に乗るという珍しい経験はとても喜んでもらえるのだそうです。

田舟の乗船場から水路に沿って歩いていくと、大きな2本のクスノキが印象的な神社に出会います。「ここは菅原神社といって、地域の氏神神社のようなところです。遊具やベンチがあるので、親子連れの方が遊びに来ていることも多いですね。乗船体験の発着地にもなっていて、春は水路沿いの桜並木がとてもきれいですよ。また、水路からは離れますが、ここから500mほどのところにある龗(おかみ)神社も、水神様として親しまれています」。

まるで秘密の通路のような遊歩道

田舟に乗れるのは菅原神社までですが、水路はまだ続きます。少し先へ進むと見えてくるのは、整備された小さな遊歩道です。建物に囲まれて曲がりくねった道は、まるで秘密の通路のよう。遊歩道を歩きながら側の建物を見上げると、ここにも段蔵がありました。水路では鯉が悠々と泳ぎ、白・赤・黄色と足元を彩ります。周りを眺めながら歩くだけでも楽しく、子どもは大人以上に冒険心を掻き立てられるのではないでしょうか。

遊歩道が途切れたあとも、ゆったりとした路地は続きます。「この道路も昔は水路だったんですよ」と田中さん。今は埋め立てられたり地下水路になったりしていても、生活の中で使われていた水路は確かにこの場所にあったのです。川の流れのようにゆるやかにうねった道が、そのことを主張していました。

町並みに文化財や昔ながらの家屋が溶け込む

御領地区の見どころには、市の指定文化財である頼尊(よりたか)地蔵や、国登録の大東市有形文化財である辻本家住宅などもあります。2004年には、せせらぎ水路に面した家屋が「伝統的なまちなみの維持・向上に寄与している」として、「大阪都市景観建築賞」の第24回大阪府知事賞を受賞しました。こうした文化財や家屋も水路と同じように風景に溶け込み、喧騒から離れた静かで穏やかな町並みの一部として佇んでいるのが、御領地区なのです。

「この数十年で田んぼが減り、水路が無くなっていき、御領の見た目は大きく変わりました。ただそれでも、落ち着いた空気が流れて昔懐かしい匂いがするこの雰囲気は、ずっと変わらずここにあります」

たとえ風景が変わっても、懐かしいあたたかさは守りたい

田中さんに「100年先の御領地区はどうなっていると思いますか」と尋ねてみると、こんな答えが返ってきました。「正直なところ、どうなっているかは分かりません。現在までのたった60年で時代も景観も大きく変わりましたし、きっと今のままの姿ではないのでしょう。でも、水路をはじめとした御領の雰囲気は、これからも変わらず残っていてほしい。だからこそ行政や保存会、住民のみなさんの力でまちの景観を守っているんです」

御領地区を100年先に残したいと話してくれた井上さんは、こう語ります。「静かで懐かしい匂いのするこの場所が、時代に流されることなく、いつまでも文化として残っていてほしいなと思います」

私自身も御領地区を歩いてみて、大東市に感じていた“ものづくりのまち”としての人情味とはまた少し違う、ふるさとに帰ってきたような懐かしいあたたかさを感じました。地域の人々が守ってきた水路のある風景は、歴史だけでなくふるさとのあたたかさを伝え続けてきたのです。その景観は人々の想いを繋いでいくバトンとして、これからも受け継がれ続けていくことでしょう。

施設情報はこちら

施設名
御領せせらぎ水路

住所
大阪府大東市御領1

電話番号
072-873-8021

料金
田舟の乗船体験/1人100円

営業時間
4月~9月の第1・第3日曜
10:00~12:00

休業日
10月~3月

※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。

地域ナビゲーター

鶴留 彩花

近畿支部 地域ナビゲーター
鶴留 彩花

兵庫県加西市在住。奈良県の盆地で育ち、大阪や神奈川でも暮らしてきました。持ち前の行動力とリサーチ力を生かし、ライター・カメラマンとして活動中。おいしいもの・すてきなこととの出会いを日々追い求め、その魅力を発信しながら“トカイナカ”と言われる加西でのんびり楽しく暮らしています。