岩手県奥州市

北緯39度8分から見る宇宙への夢 

2023.03.17

日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、岩手県奥州市にある「高千代」の高橋一隆さんに「国立天文台水沢VLBI観測所」をご紹介いただきました。

宇宙を感じられるお菓子で街に賑わいを

岩手県奥州市にある「国立天文台水沢VLBI観測所」は、岩手にいながら宇宙の最先端を感じることができる場所です。そんな観測所を「100年先の未来にも残したい」と語るのは、同じ水沢のまちで長い歴史を持つ菓子店「高千代」の高橋一隆(たかはし かずたか)さん。高橋さんをはじめ地域の菓子店は、観測所にちなんだ「あるもの」をイメージしたお菓子を作り、まちを盛り上げています。

それはまるで、宇宙空間に浮かぶ漆黒の穴

その「あるもの」とは、2019年と2022年にEHT(イベント・ホライズン・テレスコープ)が発表した、超巨大ブラックホールです。EHTはブラックホールを解明するために発足した国際研究プロジェクト。水沢VLBI観測所は撮影された画像を解析する分野で、プロジェクトの成功に大きく貢献しました。

ブラックホールをイメージして作った「カリカリブラックホール」は、クロッカンというフランス菓子(日本でいうところのお煎餅のようなもの)。カリカリ食感に、表面に散りばめた二酸化炭素入りの細かな氷砂糖が口の中でパチパチと弾け、宇宙を感じられる食感に仕上げているそうです。「ブラックホールをテーマに賑わいを創出できるまちは、そうそうありません。もっと多くの人に知ってもらいたいスポットです」と高橋さん。

当時、ブラックホールの撮影に成功したというニュースが流れると、水沢VLBI観測所はたくさんの人で賑わったそうです。私もブラックホールが実在することに驚き、吸い込まれたら異次元へ飛ばされてしまうのではとドキドキしていました。すると、今回お話を伺った水沢VLBI観測所の小澤友彦(おざわ・ともひこ)さんに「ブラックホールは穴ではなく、ちょっと変わった天体なんです」と教えていただき、びっくり仰天。ブラックホールって星だったんですね…。

 謎多き天体、ブラックホールの研究は続く 

そもそもブラックホールは重力や引力がとても強い天体で、光も電波もそこから飛び出すことができないため、観測しても漆黒で何もないように見えることからブラックホールと名付けられました。

ブラックホールの周りにはガスが高温の円盤状になって渦を巻いていて、その光によってブラックホールの影が浮かび上がります。今回撮影に成功したのは、このブラックホールの影。撮影に使われた電波望遠鏡は、宇宙からの電波を電気信号に変換し、分析することで映像化します。EHTでは世界各地にある8つの電波望遠鏡をつなぐことで今までにない感度と解像度を実現。ブラックホールシャドウの撮影に成功しました。

小澤さんによると、「水沢VLBI観測所では引き続き国内外の機関と協力して研究を続けていて、今はブラックホールから吹き出す『ジェット』と呼ばれるガスの謎を追いかけています」とのこと。いつの日か、ここ水沢から世界が驚く研究成果が発表されるかもしれません。

明治時代にスタートした国際緯度観測事業 

そんな世界最先端の研究に関わっている水沢VLBI観測所の歴史は、1899(明治32)年から始まりました。当時は地球が自転する中で、ほんの少しだけ地軸が移動する「極運動」という現象に注目が集まっており、日本やアメリカ、イタリアなどの北緯39度8分の位置に臨時緯度観測所が設置されました。同じ緯度から同じ星を観測すれば、地球上のどこからでも同じ高さに見えるはず。それが異なった場合を分析することで地軸の正確な動きを捉えようと、国際緯度観測事業がスタートしたのです。

水沢に設けられた臨時緯度観測所の初代所長に選ばれたのは、若干29歳の木村榮(きむら・ひさし)さん。これ以降、木村さんは42年間、この場所で観測所の所長を務めることになります。 

日本の観測データの信頼性は、まさかの50点 

その頃の観測機器は光だけでなく熱の影響も受けやすかったため、観測室は外気温と同じ環境にする必要がありました。冬の寒さは今よりもずっと厳しく、マイナス20度になることも少なくありません。屋根も壁も鉄で作られた小屋のような観測室の中で、雪山登山と同じ服を着込み、毎晩4時間かけて観測していたそうです。

1年ほど経った頃、データの取りまとめを行っていたポツダム(ドイツ)の中央局から一通の手紙が届きます。そこには「水沢の観測データだけ信頼性が低く、評価としては50点だ」と書かれていました。この頃、日本の科学力は欧米諸国を追いかける立場にあり、緯度観測は国の威信をかけた一大プロジェクトでもありました。木村さんたちは凄まじい重圧の中、これまでのやり方や設備の全てを総点検しましたが、いくら見直しても不具合を発見することはできませんでした。

天文学の世界を変えた起死回生のひらめき 

八方塞がりで辞職さえ考えた木村さんでしたが、ある日「地軸が変化する上で、我々がまだ知らない未知の何かが影響しているのではないか」と、ひらめきます。そして「未知の何か」を「Z」という項目に置き換えて観測データを計算し直してみると、各国の精度が上がっただけでなく、水沢のデータが最も高精度だったことが判明したのです。この「Z項の発見」は天文学の世界に衝撃を与え、それ以来、日本は世界をリードする立場になりました。

この頃、実際に使われていた観測機器やZ項に関する資料は、水沢VLBI観測所の敷地内にある「木村榮記念館」に展示されていて、今でも遠方から足を運ぶ専門家が後を絶ちません。

宇宙の楽しさが無限に広がる「奥州宇宙遊学館」

その「木村榮記念館」の向かい側にあるのは、子どもも大人も楽しんで宇宙を学ぶことのできる「奥州宇宙遊学館」です。1921〜1966年まで緯度観測所の本館として使用されていた建物を奥州市が科学の学習館として活用しており、廊下や窓からレトロな雰囲気が漂ってきます。

館内では缶の重さによって天体ごとの重力を比較できるコーナーや、太陽光や蛍光灯の光を虹のような色に分けて観察できる分光器のほか、月周回衛星「かぐや」のために開発した装置や小惑星探査機「はやぶさ2」の成果資料などを展示。隣接している水沢VLBI観測所には世界的なプロジェクトに関わっている研究者が多く在籍しているため、「奥州宇宙遊学館」では最新の研究内容についても説明や展示を行っています。

飛躍的な進化を遂げた宇宙食の販売も 

さらに「奥州宇宙遊学館」のエントランスにはバリエーション豊かな宇宙食も販売されています。今回は特に気になった鮭おにぎり(380円)とレアチーズケーキ(650円)を購入してみました。

おにぎりは煮炊き不要のアルファ米が使われていて、お湯を注いで待つこと15分。お米が膨らむにつれて袋の形が変わっていき、自分で握ることなく自然と三角形のおにぎりが完成しました。またレアチーズケーキは、フリーズドライ製法でサクサクとした食感ですが、味はレアチーズならではのコクと甘酸っぱさが感じられます。かつての宇宙食は栄養補給のみを重視し種類も少ないイメージでしたが、日本食やスイーツまであるとは驚きでした。

人類全体として追いかけ続ける宇宙の謎

現在、水沢VLBI観測所では24時間体制で観測が行われ、同時に世界最先端の研究も続けられています。小澤さんは「宇宙の謎に迫ることは、今日明日の暮らしに役立つものではありません。それでも決して手を止めてはいけない分野なんです」と語ります。

人の一生と比べて宇宙の時間は遥かに雄大で果てしないもの。そのため、一人の人間が生涯をかけても解明できない謎や、出会うことのできない現象にあふれています。だからこそ研究者は、先人から受け継いだ「宇宙への夢」というバトンを持って全力で走り抜き、次の世代へと渡し続けてきたのかもしれません。ここは夢を抱き、受け継ぎ、ずっと先の未来へとつなぐ場所。今回、この場所を推薦してくれた高橋さんは「100年後も変わることなく、宇宙が身近に感じられる場所であってほしいです」と語ってくれました。100年後の人々は、果たしてどんな宇宙を見ているのでしょうか。想像するだけで、ワクワクしてしまいます。 

施設情報はこちら

施設名
奥州宇宙遊学館
住所
岩手県奥州市水沢星ガ丘町2-12
電話番号
0197-24-2020
観覧時間
9:00~17:00(入館は16:30まで)
入館料
大人・学生/300円、生徒・児童/150円
※シアター利用の場合は、大人・学生/200円、生徒・児童/100円も必要
休業日
火曜(火曜日が祝祭日の場合は翌日)、12月29日~1月3日
 
施設名
木村榮記念館
住所
岩手県奥州市水沢星ガ丘町2-12
電話番号
0197-24-2020(奥州宇宙遊学館)
開館時間
9:00~17:00(入館は16:30まで)
休業日
火曜(火曜日が祝祭日の場合は翌日)、12月29日~1月3日
※国立天文台 水沢VLBI観測所の本館は見学できません。
※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。

地域ナビゲーター

山口 由

東北支部 ふるさとLOVERSナビゲーター
山口 由

2011年、東日本大震災をきっかけに横浜から盛岡へUターン。現在はフリーライターとして、お店や人材の紹介、学校案内、会社案内、町の広報誌など幅広く活動中。取材を通して出会うさまざまな人の思いや歴史を知り、「岩手ってすごいなぁ」と実感する日々を送っています。趣味は散歩と読書、長距離ドライブなど。