滋賀県大津市

和菓子屋が営む広大な里山「寿長生の郷」

2022.12.05

日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、滋賀県大津市にあるBLINK LEATHER WORKSの田中貴司さんに、株式会社 叶 匠寿庵が運営する施設「寿長生の郷」をおすすめいただきました。

滋賀の里山で自然と共生する和菓子屋

滋賀県の県庁所在地でありながら、豊かな自然を有する大津市。「寿長生の郷(すないのさと)」も、琵琶湖から唯一流れ出ている瀬田川のほとりにあり、鳥の声や澄んだ空気を満喫することができる場所です。

そんな「寿長生の郷」を100年先に残したいと教えてくれたのは、美容師用シザーケースの製作を専門とする「BLINK LEATHER WORKS(ブリンクレザーワークス)」の田中貴司(たかし)さん。

「小学生の頃、課外授業で訪れてファンになりました。大人になった今、改めて里山の雰囲気や地元との関わり方について魅力を感じます。家族で収穫体験に参加したり、和菓子を購入したりといつ訪れても楽しめる場所です」。寿長生の郷は株式会社 叶 匠寿庵が管理する里山のこと。敷地内には和菓子売場やベーカリーなどがあり、自然と共生しながら味わい深い和菓子やパンを作っています。そんな寿長生の郷に、ライター松岡が取材に行ってきました。

案内してくれたのは、運営会社である株式会社 叶 匠寿庵(かのうしょうじゅあん)で広報を務める関野芽衣(せきのめい)さんです。1958(昭和33)年、滋賀県大津市にて創業し、小さな和菓子屋からスタートした叶 匠壽庵。初代の「自然の中に身を置き、和菓子に使う素材を自分の手でつくりたい」との思いから、初代と2代目が本社工場の移転先として広い土地を探す中で出会ったのが、現在の大石龍門(おおいしりゅうもん)の地です。63000坪の敷地を開墾し、1985(昭和60)年「寿長生の郷」をオープンしました。
 
「寿長生は、井戸のつるべ(桶)を引き上げる縄を意味する古代の言葉です。初代が、郷を訪れた方々に、自然の力を汲み取り、命の活力にしていただきたいとの思いから名付けました」。

写真提供/株式会社 叶 匠寿庵
写真提供/株式会社 叶 匠寿庵

郷内の見どころのひとつ、広大な梅林。こちらは初代が和菓子に最適な食材を探す中、最初に見つけたのが、主に京都の青谷地区で栽培されている「城州白梅(じょうしゅうはくばい)」。1本の梅を植えるところから始まったこの取り組みも、今では、敷地内に1000本もの梅の木が育つほど成長を遂げました。この梅をつかって梅酒や和菓子を作っているそうです。

郷内には梅林のほかにも、柚子畑や桜山、自然の川などがあり、里山の雰囲気を楽しみながら散策することができます。さらに叶 匠壽庵の商品が購入できる場所や、茶室、食事処、カフェ、陶房といった施設も点在。季節によってイベントの開催や、ワークショップなどもあり、何度訪れても楽しめる場所です。

30年以上前から「SDGs」を実践

いまでこそ注目される「SDGs」を、 叶 匠壽庵は30年以上前から当たり前のこととして取り組んでいました。たとえば間伐した木は、郷内にある炭焼き小屋に運び、炭として活用。また、豊かな自然が残る里山には、今もなお、40種以上の滋賀県絶滅危惧植物が存在しています。

工場から出る小豆の皮も、間伐材でつくられたおがくずなどと混ぜ合わせ、堆肥づくりに活用。1年後には、梅林や野菜畑の肥料として使用されます。

敷地内には数頭のヤギがいました。エサやり体験もできますが、単に可愛いだけではなく、畑の雑草を食べる役目も果たしています。ヤギの糞尿も堆肥場に運ばれ、他の廃棄物と共に、肥料として循環する仕組みです。

50年以上愛され続ける銘菓「あも」

写真提供/株式会社 叶 匠寿庵
写真提供/株式会社 叶 匠寿庵

「叶 匠壽庵」の菓子作りの真髄を味わうべく、店舗へもお邪魔しました。

叶 匠壽庵の代表銘菓「あも」は、羽二重餅(求肥)を餡で包んだ棹(さお)菓子です。使われているのは皮が薄く、炊いても粒がしっかり残り、やさしい甘みが特徴の「丹波大納言小豆」。

叶 匠壽庵の菓子作りは、自然と向き合い、恵みに感謝しながら、それぞれの仕事を担うスタイルです。「あも」も、上質な小豆の良さを最大限生かすため、熟練の餡場職人の手によってその日の小豆の状態や気温、湿度に合わせ、細やかに調整。全国展開している和菓子屋で、今なお手炊きを続ける企業は珍しいのだそう。

「あも」の由来は、宮仕えの上級女官が用いる「女房言葉(隠語的な言葉)」で餅を意味する言葉から。やさしい音の響きは、やさしい味の「あも」にピッタリです。

2021(令和3)年には、あも生誕50周年を記念して「あも(こしあん)」が販売されました。つぶあんに適した小豆を贅沢にもこしあんに使用した理由は、「丹波大納言小豆」の産地、丹波市が抱える農業就業人口の減少やコロナ禍での小豆使用量減少の課題に対する取り組みによるもの。

食べ比べてみると、こしあんは、より小豆の甘味を感じるおいしさ。定番のあもは、小豆の粒と羽二重餅のバランスの良さを感じます。ぜひ食べ比べていただきたいです!

若手社員の声から生まれた「Bakery&Café野坐」

叶 匠壽庵では歴史を大切にしながら、新しい取り組みを始めています。2017(平成29)年11月には、敷地内に「Bakery&Café野坐(のざ)」がオープン。「若い人や地元の人にもっと気軽に立ち寄ってもらえる場所を作ろうと、若手社員たちが中心になって生まれた施設です」と関野さんは笑顔で話します。今では、ベーカリーを目当てに訪れる常連さんも増えているそう。

2階にあるカフェでは、里山を眺めながら過ごすことができます。今回、丁寧にサイフォンで淹れられたコーヒーをいただきました。

郷内の窯で焼かれたカップで飲む「野坐ブレンド」は、すっきりとした味わい。散策後、ソファに座り、ひとやすみすることで、お店の方の「日常の喧騒を離れ、ゆったりとしたひとときを過ごしてほしい」との思いを感じました。

100年先も、地元と共に

紹介者の田中さんの言葉「地元・大石地区を大切にしてくれている企業」を改めて感じたのは、2020(令和2)年から2年の歳月をかけて完成した「ふるさと絵屛風(記憶絵)」です。地元文化の継承を目的に、地元自治会や老人会との協力のもとで行われました。
 
地元や環境を大切にしながら、若い社員の声を拾い上げ、未来を見据える寿長生の郷。「子どもの頃は自然の中にお店があることに驚き、不思議な気分でしたが、大人になった今はあらためて、自然との調和が素敵だと感じる」と言っていた田中さんの言葉を思い出しました。訪れた際には、自然の中に身を委ねてみてください。ゆったりとした素敵な時間が過ごせるはずです。

施設情報はこちら

施設名
叶 匠壽庵 寿長生の郷
 
住所
滋賀県大津市大石龍門4丁目2−1
 
電話番号
077-546-3131
 
営業時間
10:00~17:00
※各施設により営業時間が異なります
 
休業日
水曜
 
※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。

地域ナビゲーター

松岡 人代

近畿支部 地域ナビゲーター
松岡 人代

滋賀県甲賀市在住。高知県・四万十農協広報勤務を経て、滋賀県へUターンしたフリーランスのライター。猫と旅とおいしいものが好き!その土地で暮らす人々の生活や魅力をそっと切り取り、地元民ならではの視点でご紹介します。