北海道帯広市

昭和初期誕生の帯広ご当地グルメ「豚丼」

2022.10.21

日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は北海道帯広市にある「ランチカフェ・ハッチ」の嶋田祐佳さんに「豚丼」をご紹介いただきました。

帯広で親しまれている豚丼を100年後に残したい

帯広は、北海道の中東部(道東地方)にあるまちで、自然と都市のバランスがほどよく保たれており、一般的な公園でも野鳥やエゾリスが当たり前のように姿を見せてくれます。「ランチカフェ・ハッチ」は、自然が豊かな帯広市都市農村交流センター「サラダ館」の一階で営業しています。店名は「Hatching(孵化)」から名付けられており、プリンやオムライスなど、タマゴを使った料理やスイーツが自慢のお店です。店主の嶋田祐佳さんは「帯広で親しまれているソウルフードの豚丼を100年後にも残したい」と願っています。

人々を料理で元気にしたい。思いが豚丼を誕生させた

帯広を中心に北海道の東南部に位置する十勝地方は、北海道開墾を目的として結成された晩成社によって開拓が行われました。晩成社を率いた依田勉三(よだ べんぞう)は、農業や畜産業など十勝・帯広に根付く産業を築き上げたことから「十勝開拓の父」と呼ばれています。

「豚丼」は、依田がまちの礎を築いた帯広を代表するご当地グルメです。帯広駅前に店を構える元祖 豚丼「ぱんちょう」の店主である阿部秀司さんが昭和初期に考案しました。現在お店を切り盛りしているのは、孫の山田美鶴(みつる)さんです。店内には創業者ご夫婦と美鶴さんの思い出の写真がたくさん飾られています。当時の写真を拝見しながら豚丼誕生秘話を伺いました。

元祖 豚丼「ぱんちょう」は、、洋食料理のコックだった秀司さんが、昭和8(1933)年に開店した食堂「ぱんちょう」がその始まり(※上の写真はその頃に撮影されたもの)。店名は中国語の「飯亭(食堂)」に由来。戦時中は外来語が禁止されたため「子宝食堂」と名乗っていたこともあるそうです。開業当時から昭和40年までは、カレーライスやチャーハンなども提供する大衆食堂でした。「幼いころに祖父がバイクで出前をしていたことを覚えています」と、美鶴さんは振り返ります。

秀司さんは「帯広の厳しい環境で働く人々に、豚肉を使って元気が出る料理を作れないか」と考えていたそうです。試行錯誤の末、うな丼をヒントに、炭火で焼いた豚肉にタレをからめて白米の上に載せて丼ぶりで提供する「豚丼」が誕生しました。店先に「うなぎ丼よりうまい。豚丼を召し上がれ」と書いた看板を掲げると、帯広の人たちを中心に評判が広まっていきます。

「お店の味から帯広のソウルフードへ」全国区の知名度を確立

豚丼がご当地グルメとして全国に知られるようになったのは昭和40年代のこと。旅行者や出張、単身赴任で帯広にやってきたお客さんが口コミで広めたことで知名度が高まり、道内のテレビで「帯広名物」として取り上げられるようになりました。有名になるにつれて、お客さんの注文は豚丼ばかりに。1965(昭和40)年に、秀司さんは大衆食堂から豚丼専門店に切り替える英断を下します。

「思い切ったことをすると驚かれる人も多かったようですが、祖父は味に絶対の自信を持っていたようです。孫の私には優しかった祖父ですが、当時一緒に働いていた父には厳しかったと記憶しています」と、美鶴さんは言います。精肉納入業者に対しても妥協せず高品質な肉を求めていたそうです。(上の写真は、秀司さんとご家族)

その一方で「同業者には寛大だった」というエピソードも残されています。豚丼の名称を商標登録することを勧められたこともありましたが、「おいしければお店にお客さんが来てくれる。そうでなければ背を向けられるだけ」と言い、他の店が豚丼を提供することを黙認していたそうです。

「祖父は、豚丼が帯広名物になっていくことが嬉しかったんだと思います。まさか全国区になるとは思っていなかったようで、一番驚いていました」と美鶴さん。今では飲食店はもちろんのこと、十勝エリアの学校給食のメニューにも取り入れられるなど、帯広のソウルフードとしての地位を確立しています。

元祖豚丼「ぱんちょう」のメニューは、梅竹松の順で表記されています。一般と逆なのは、秀司さんの妻「ウメさん」に敬意を払ってのこと。女性も注文しやすいようにと、「特大」も「華」に改名されました。ご飯は同じ量で、華8枚、梅6枚、竹5枚、松4枚と肉の量によって4つに分けられています。

店舗は数年前に全面改装され、店内に炭火の煙が充満しないよう厨房は二階に設置されています。美鶴さんの従妹の辰巳博史さんと、息子の山田大河さんが調理を担当。創業当時から親族一丸となって店を盛り立てています。

香りよし、味よし、元祖豚丼「ぱんちょう」を味わう

注文から数分後に「華(1300円税込)」が運ばれてきました。肉がどんぶりからおもいきりはみ出ています。

フタを取ると、炭火で焼かれた豚肉の香りが鼻孔に飛び込んできました。ほどよく脂がのった肉は柔らかく、約5~6cm、厚さ約3mmのビッグサイズ。肉にもご飯にも甘いタレが染みわたり、思わず目を見開いてしまうおいしさです。北海道産の豚肉を使用して炭火で焼き上げているそうで、その他の調理工程やタレの作り方などは一部の人のみが知る秘密事項です。

「味が落ちるから支店を出すなという祖父の教えを守って、今後もこの場所だけで創業者一族だけで豚丼を作り続けていきます」と美鶴さんは言います。取材した日は、平日にも関わらず開店前からお客さんが並ぶ姿が。100年後も創業者の一族が豚丼を作り、多くの人がその味を楽しんでいる姿を想像し、ほっこりした気持ちになりました。

今回「豚丼を100年後に残したい」と紹介してくれた「ランチカフェ・ハッチ」の嶋田さんは、「子どもも年配の方もみんなが大好きなメニューで、今や帯広を代表する料理。栄養のバランスもいいので、料理に関わるものとしても後世に残していきたい」と語ってくれました。豚丼誕生から約90年。これから100年後も人々の味覚を楽しませてくれることでしょう。

施設情報はこちら

■ぱんちょう
住所:北海道帯広市西一条南11-19
電話番号:0155-22-1974
営業時間:11:00~19:00
定休日:月曜、第1・第3火曜(祝日の場合は翌日休)

地域ナビゲーター

吉田 匡和

北海道支部 地域ナビゲーター
吉田 匡和

札幌市出身、在住。社会福祉士の資格と経験を持つ異色の「おでかけ系ライター」。2016年にフリーライターに転向し、2017年に個人事業所「ブーレオルカ」を設立しました。「楽しさが伝わる」、「すべての人に有益である」、「記憶に残る」の3つを信条に執筆しています。