和歌山県白浜町

南紀白浜で愛される60年続く大衆居酒屋

2022.09.01

日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、和歌山県白浜町のビールメーカー「ナギサビール株式会社」の眞鍋和矢社長に、大衆居酒屋「長久酒場」をご紹介いただきました。

輝く海と昔ながらの温泉がある町・南紀白浜

ハワイのワイキキビーチの姉妹浜で青い海と白砂が輝く白良浜、古くから天皇が湯治に訪れたと日本書紀や万葉集に記述がある白浜温泉など、関西で名を馳せるリゾート地・南紀白浜。

そんな白浜の「100年先も残したいもの」を語ってくれたのは、白浜を代表するクラフトビールメーカー「ナギサビール」の眞鍋和矢(まなべかずや)社長。トラベルサイトの独自トレンド調査(2016年4月実施)で「現地に飲みに行きたい、国内地ビールランキング」で1位に輝いた、白浜屈指のクラフトビールを製造・販売しています。

ナギサビールの社長も自ら通う長久酒場

眞鍋さんが紹介してくれたのは、白良浜近くの大衆居酒屋「長久(ちょうきゅう)酒場」です。自らも足繁く長久酒場に通う眞鍋さん。お客さんがナギサビールを飲んでいるのを見ると、自分がナギサビールの社長であることを隠してこっそり喜んでいるそうです。

ナギサビールは2004年から「BARLEY(バーリィ)」という直営レストランを経営しています。「BARLEYよりはるかに長い歴史を持つ大衆酒場に憧れと羨ましさを抱いています。60年という年月には真似できない重みがある」と語る眞鍋さん。地元民と観光客が行き交う白浜で愛される長久酒場とは、一体どんな場所なのでしょうか。

「日本三大居酒屋」の1つ

長久酒場で2代目を務める大将の小森豊之(こもりとよゆき)さん。先代である祖母が始めたこの店を継いで、20年以上切り盛りしています。祖母と一緒に店に立ったことも4〜5年あるそうです。昼頃に取材に伺うと、テキパキと仕込みをしながら手を休めることなく答えてくれました。

実は長久酒場は、居酒屋探訪家・太田和彦(おおたかずひこ)氏によって、東京・月島の「岸田屋」、大阪・天王寺の「明治屋」と並んで日本三大居酒屋に選ばれた大衆居酒屋なのです。

始まりは和歌山の地酒・長久の販売

遡ること60年前、長久酒場は和歌山県海南市の老舗酒造店「中野BC」が1958年に製造を開始した清酒・長久のアンテナショップとして始まりました。先代である祖母が中野BCと付き合いがあり、白浜で長久を飲める店を出すことになったのです。今や和歌山県民なら誰もが知る地酒・長久の名前を冠する店名は、今も脈々と受け継がれています。

開店当時の昭和40年代の白浜は「新婚旅行のメッカ」。ショーパブやキャバレーのある華やかなリゾート地でした。長久酒場も当時は娯楽センターの1階に店舗を構えていました。今の店舗に移り落ち着いた佇まいになったのは後の時代のこと。当時のメニューは、お酒とおでんのみ。お客さんの意見を取り入れながら、徐々にメニューを増やしていったそうです。

仕事一筋、お客様第一の先代

仕事一筋の先代は、40年以上ずっと店に立ち続けました。そのうち20年ほどは定休日はなく、毎日着物で厨房に立つ殊勝な女将さん。お客さんが大好きで大切に思う気持ちは人一倍でした。毎日仕込みが終わると「あー、今日の“仕事”は終わった」と言って、その後、お客さんと接する時間は孫の小森さんいわく仕事ではなく“娯楽”だったそうです。

お客さんと話をするのが楽しく、時には優しく見守り、お客さんに可愛がられる女将さん。まるで自分の家に知り合いが来ているかのようにもてなす人柄でした。代替わりした今も当時の常連さんが祖母の話をしてくれるとのこと。時代を超えて愛され続けていることが伺えました。

白浜で商売ができでよかった

現在の店舗で一番特徴的なのは、厨房が見渡せるL字型の長いカウンター。お客さんは、注文してから料理が盛り付けられる様子を目の前で見ることができます。調理を見られることに対して緊張しませんかと小森さんに尋ねたところ、「180度から調理を見られるのは慣れました。でも、僕はおばあちゃんと違って話をする方が緊張するので、愛想の悪い大将だと自分では言ってます」と笑いながら話してくれました。

愛想がなく見ていないふりをしつつ、本当はお客さんのことをよく気にかけているという小森さん。常連客に気配りしたり、白浜で出会った人同士が毎年来てくれるのを見たりすると嬉しく思うそうです。

60年という長い歴史の中で苦労したことについて伺いましたが、返ってきたのは意外な答えで、「先代がちゃんと店を作ってきてくれたから、ありがたいことに苦労したことはあまりない」とのこと。県外で建築の仕事をしていた小森さんは、白浜に帰ってきて料理の修行をして先代と共に厨房に立ち、この土地を好きになっていったそうです。「今は白浜で商売ができてよかったと思っています」と笑顔を見せてくれました。

白浜は都会と田舎の間でちょうどよい土地ですが、地元民は「なんもないわ」「不便やわ」と文句を言いながらも何だかんだこの町を愛する談義を酒場でしていることを小森さんはよく知っています。

さんま寿司やもち鰹など紀南独特のメニューが多数

ナギサビールの眞鍋さんに長久酒場のおすすめを聞くと、猪肉の網焼き、アオリイカのゲソの網焼きなどを教えてくれました。私のおすすめは、さんま寿司とトマトの肉詰めおでん。長久酒場は季節や日によって仕入れが異なり、日々メニューが変わります。

小森さんは「眞鍋さんといえばこれやな」と和歌山の名物「もち鰹(ガツオ)」の刺身を出してくれました。もち鰹とは、死後硬直する前の真鰹。遠方への出荷が難しいため鰹の産地でしか食べられない特別な鰹です。名前の通り本当にもちもちで、通常の鰹とは違った味が楽しめます。

最後に、60年間お店を続けてこられた秘訣についてお伺いしました。「こういう老舗が続いていくには、大きく変わるか、全然変わらないかのどちらかだと思います。うちは後者。流行りには乗らず、メニューもほとんど変えていません。変わらないことを淡々とやり続けてきた結果かな」と、最後までテキパキと仕込みをしながら答えてくれました。

「口数は多くないが、地元の人にしか分からない優しさのある大将」と評する真鍋さんの言葉通りの小森さん。開店して厨房に立っているときは真剣な眼差しでしたが、取材を通してとても真摯な人柄が伝わってきました。「変わらないことをやり続ける」この店が、これからも地元民と観光客に愛され、人々の記憶に残る大衆居酒屋でいてほしいと思います。

施設情報はこちら

施設名
長久酒場

住所
和歌山県西牟婁郡白浜町3079-6

電話番号
0739-42-2486

営業時間
16:00~23:00

休業日
毎週木曜日

※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。

地域ナビゲーター

小山 志織

近畿支部 地域ナビゲーター
小山 志織

紀南在住。県外の大学卒業後、和歌山にUターン。和歌山を拠点にしつつ旅するライター&エッセイストとして旅で得た経験などを元に執筆活動をしている。地域の情報発信にも関心があり、県内の取材に出かけることが多い。書くことが好きで、自分自身が地域の魅力を知りたい!という気持ちで取材執筆しています。