香川県小豆島町

先祖代々に引き継がれてきた「中山千枚田」

2022.08.22

日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、香川県小豆島町で「小豆島酒造」を切り盛りする池田亜紀さんに「中山千枚田」をご紹介いただきました。

地産酒米の日本酒造りを目指して

醤油、佃煮工場が建ち並ぶ“醤(ひしお)の郷”と呼ばれるエリアに小豆島唯一の酒造「小豆島酒造」があります。高松市で140年続けてきた酒造を畳み、いい酒造りの新天地を求めて小豆島で開業したルーツを持つ小豆島酒造。そんな小豆島酒造の店主・池田亜紀(いけだあき)さんが島で「100年先に残したいもの」として選んでくれたのは「中山千枚田(なかやませんまいだ)」です。

中山千枚田には、2015年から小豆島町中山棚田協議会に酒米を栽培してもらうようになった縁があるそう。小豆島酒造のスタッフも折に触れ、田んぼ作業を手伝ってきました。「早朝に田んぼへ行くとすごく気持ちがいいんです。夏場の日中は暑くて作業ができないので、朝6時ぐらいから作業をはじめることもあります。千枚田に着くと、ザーっと水の流れる音が響いていて、本当に癒されるんですよね。訪れるだけの価値がある場所だと感じます」と池田さん。小豆島酒造の酒米も育つ、中山千枚田の魅力をお伝えします。

先祖代々の知恵と努力が詰まった中山千枚田

香川県小豆島の中山間地にある中山地区に広がるのは約800枚ほどの棚田。中山地区にそびえる湯舟山から見下ろす棚田は圧巻で、何度見ても驚かされてしまいます。

湯舟山に湧き水が流れていたことから、中山地区で稲作が始まりました。起源は室町時代と考えられています。水源には恵まれたものの、土地は狭く、標高150mから250mの斜面に上から少しずつ田んぼを作っていき、今のような棚田になったようです。急斜面にできるだけ耕作面積を広げようと、垂直に石垣を積み上げる工夫が施されています。

季節ごとの棚田の魅力

あぜ道を行くと、水路に流れる水の音が心地よく響き、水の張った田んぼが山の方まで連なっていました。6月も上旬になると、田植え作業がずいぶん進んでいます。

写真提供/小豆島町
写真提供/小豆島町

これから夏にかけて稲が育っていくと、棚田が青い絨毯のようにふかふかと姿を変えていきます。

写真提供/小豆島町
写真提供/小豆島町

秋には真っ赤な彼岸花が。彼岸花が増えるとあぜ道が丈夫になるのに加え、彼岸花には毒があるので、ミミズなど地中の虫が近づかなくなり、ミミズを食べるモグラが寄ってこなくなってあぜを壊されるのを防ぐ、という効果もあるのです。

黄金色の稲穂が頭を垂れる頃にはいよいよ収穫。中山では昔ながらの稲架掛け(はさかけ)が、見られるところがあります。

約300年続く伝統行事『虫送り』

写真提供/小豆島町
写真提供/小豆島町

四季折々の風情を見せる中山千枚田では、米作りにまつわる伝統行事が今でも引き継がれています。7月の半夏生の頃に行われるのは「虫送り」。火手(ほて)と呼ばれる、火をつけた竹の松明(たいまつ)を田にかざしながら、あぜ道を歩き、害虫を退治して豊作を願います。「灯せ、灯せ」と声をかけながら、火手を持ち、青々とした棚田のあぜ道を行く行列が作る風景は、何度見ても心があたたまるものです。

「虫送り」復活のきっかけは、映画

中山で生まれ育ち、棚田保全を続ける九野賢輔(くのけんすけ)さんが千枚田の昔話を聞かせてくれました。「田んぼは子どもの頃から手伝っていました。学校から家に帰るやいなや、田んぼの手伝いがあって勉強どころではなかったですね」。九野さんが小学校低学年の頃にはまだ牛耕が残っていたそうです。

2011年に虫送りが復活した際に中山自治会の自治会長を務めていた九野さん。かつて虫送りは江戸中期から集落をあげて催されていましたが、中山地区では戦後まもなく途絶えました。その後、1999年に子ども会によって半世紀ぶりに復活したものの、雨天での中止が重なったことや、参加できる子どもが少なくなったことから再び途絶えてしまったのです。

そこから2011年にもう一度復活することができたのは、ある映画の撮影がきっかけでした。「撮影時に、監督から虫送りの復活を頼まれ、何回も断ったのですが押しに負けました。試写会に招待され、虫送りのシーンを観ると想像以上に綺麗で驚きました。これだけ綺麗だったら復活させようかと思ったんです」と九野さん。映画上映後は、島外からも参加者を募り、毎年300名以上が参加するようになりました。

田んぼの担い手を育成する「棚田アカデミー」

地元の人たちが、長い年月をかけて守ってきた千枚田に、新たな助っ人も現れました。2021年から小豆島町地域おこし協力隊として棚田保全を担当する小木曽裕紀(おぎそひろのり)さんです。小木曽さんは横浜から移住。「大学時代にサイクリング部に所属しており、日本各地を旅していた頃から棚田に心惹かれていました」。

田んぼ作業を一年経験してみての感想を聞いてみました。「前職はデスクワークが多かったので、田んぼ作業をしていると体力的なしんどさがありながらも、自然の中で体を動かすことの良さを感じます。自分で育てたお米は格別なところがあり、それはもうおいしいです」 

一方で、中山では田んぼの担い手不足が深刻な問題に。担い手がおらず、耕作放棄地が増えていくと、イノシシの被害が増えたり、石積みが崩れたりする恐れがあります。一部の石積みが崩れ始めると、ほかの石積みもどんどん崩れる連鎖が起き、耕作しづらくなってしまうのだとか。

中山千枚田の担い手を育成するべく、小木曽さんは2022年から、小豆島町中山棚田協議会とともに「棚田アカデミー」を立ち上げました。田起こしや草刈り、代かき、田植え、稲刈りなどを田んぼに出て指導します。

中山で育てたお米で造った純米酒

田んぼの担い手からバトンを受け取り、米の魅力を引き出す作り手として、千枚田を支える人たちの存在もあります。推薦者である小豆島酒造の池田さんは田んぼ作業を手伝ってみて、大変さを実感したと話してくれました。

そんな苦労を体験しながら、ついに収穫した酒米「オオセト」やうるち米の「キヌヒカリ」を使用して醸したのが、純米酒「はちはち」です。「農家さんに協力してもらいながら、ゆくゆくは中山千枚田での酒米の作付け面積を増やしていき、さらには小豆島ブランドの酒米を開発したいと考えています」と池田さんは夢を膨らませます。

美しい景色の裏側には、地元の人たちの並々ならぬ努力が隠れていることを、小豆島で暮らし、年を重ねていくごとに感じるようになりました。そのパワーが池田さんや小木曽さんのような人々を呼び、新しいお酒が生まれたり、新しい取り組みが動き出したりすることにつながったのかもしれない。そんなことを改めて考えさせられた取材でした。

施設情報はこちら

施設名
中山千枚田

住所
香川県小豆郡小豆島町中山

※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。

地域ナビゲーター

坊野 美絵

四国支部 ライター
坊野 美絵

大阪生まれ。旅で訪れたことをきっかけに、2013年に香川県小豆島に移住。現在は文と写真で魅力を伝えることを大切にライターとして活動しています。香川県を中心に観光・医療・事業承継・農業などテーマはさまざまにインタビュー記事を執筆。私生活では暮らしに根ざした手仕事を、少しずつ実践していくことを楽しんでいます。