石川県能登町

生き物が多様で、絵画のような九十九湾

2021.11.28

日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、石川県能登町にある石川県いか釣生産直販協同組合の前田さんに、九十九湾(つくもわん)をおすすめいただきました。

能登半島で出会う、表情豊かな海の風景

断崖に打ち寄せる大波、砕け散る白い波しぶき。日本海といえば、そんな豪快な風景を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。しかし日本海に突き出した能登半島で出合うのは、こうした迫力ある風景だけではありません。白い砂浜や静かな湾など、多彩な海景が行く先々に広がっています。

能登の美しい海を堪能できる場所として、九十九湾を「100年先に残したい」と話してくれたのは「石川県いか釣生産直販協同組合」代表理事の前田幸子さん(後列右)。能登半島先端に位置する能登町で、地元・小木(おぎ)港に陸揚げされたイカの加工販売を行っています。

「時間がゆっくりと流れる能登で海を眺めていると、まるでその空間を切り抜いた絵画のように見えてきます。幼い頃はカニやイソギンチャクなどの生き物を観察するのが楽しかったですね。なかでも九十九湾は海水の透明度が高くて、手が届くところに磯の生き物がたくさんいます」と魅力を話してくれました。

能登半島のリアス式海岸「九十九湾」

能登町に数ある海の絶景スポットのなかでも、九十九湾は日本百景のひとつにも数えられる景勝地です。

東西約1㎞、南北約1.5㎞のリアス式海岸で、複雑に入り組んだ海岸線の長さは13㎞にもおよびます。奥行きは最大で1.2㎞あり、沖が荒れていても湾内は湖のように穏やか。では早速、九十九湾へと出かけましょう!

九十九湾を核とした地域づくりに取り組む

九十九湾の目の前に2020年にオープンした観光交流施設「イカの駅つくモール」にやって来ました 。中にはレストランや物販スペースが設けられ、九十九湾観光の拠点となっています。迎えてくれたのは、施設を運営する「株式会社こっしゃえる」専務の林生一郎(きいちろう)さん。林さんは、九十九湾がある能登町小木で生まれ育ち、地元を元気にするためのイベントや情報発信などに取り組んできた一人です。

「社名の『こっしゃえる』は『こしらえる』の方言です。みんなで知恵や力を持ち寄って、九十九湾を中心に地域の未来を“こしらえよう”という思いを込めました」。地域づくりへの志を抱いた人々が、職業や立場を越えて集まり設立したのが同社。林さん自身も自動車整備工場を営みながら、活動に携わっています。

九十九湾から生まれた“小木スピリッツ”

小木は古くから漁業で栄えたまち。「江戸時代から明治時代にかけて、積み荷を売買しながら日本海を往来した北前船(きたまえぶね)は、九十九湾で風待ちをしたそうです。ここは嵐がきても静かですから」と教えてくれました。

北前船を通じて日本各地と交流していた小木の人々。能登半島先端の小さな港町にいながら、彼らの目は常に外の世界に向けられていたといいます。

さらに話は続きます。小木はイカ釣り船団の基地としても知られ、その水揚量は全国有数です。「内浦(うちうら:能登半島の東海岸)は定置網漁や養殖がさかん。だけど九十九湾周辺は急に水深が深くなっていて、定置網漁には不向きなんですよ。そこでイカを追って沖を目指したようです」。小木がイカのまちになったのも、九十九湾の存在があったからというわけです。

「小木には昔から攻めの精神が息づいています。先を読んで、常に新しいことに挑戦してきたんです」。北前船の時代から広い視野を持ち、海の向こうにある世界を見据えながらチャレンジし続けてきた“小木スピリッツ”。現在進めている地域づくりにも攻めの姿勢が生かされています。

“攻め”と“守り”でふるさとを元気に

“攻め”の地域づくりが形になったのが「イカの駅つくモール」。イカの巨大モニュメントも、なかなかの攻め具合です。さらに「ここをマリンレジャーの拠点にしたいんです」と林さん。ボードに立ってパドルを漕ぐSUP(サップ)やカヤックなどの体験メニューを充実させ、「海上から九十九湾の自然を満喫できる新たな取り組みを広げたい」と話します。

地域づくりの目的は、九十九湾の魅力を発信して交流人口を増やし、まちの活性化につなげること。その一方で、豊かな自然環境と静かな暮らしを“守る”ことも使命だと林さんは考えています。「九十九湾をリゾートにしたいわけじゃないんです。この風景も、海の生き物たちも、地元の人の生活も変えたくないんですよ」。

林さんが大切にするのは、ふるさとの海とともにある「人々の思い」です。海を大切に思う気持ちや、海を通じて地域づくりに汗をかく人々の思いを、美しい風景とともに次世代に渡したいと願います。

遊覧船に乗って、九十九湾クルーズに出発

イカの駅つくモールを発着する遊覧船があると聞き、林さんと一緒に船着き場にやって来ました。こちらが遊覧船、その名も「イカす丸」。岸壁で見送る林さんに手を振り、いざ出港!

両岸が間近に迫る湾内は、湖のように穏やか。湾の中ほどにはスダジイが茂る蓬莱島(ほうらいじま)が浮かんでいます。ユニークな形の“人面岩”や、湾を見下ろす日和山(ひよりやま)といったスポットを巡りながら、船はゆっくりと湾内をめぐります。

船底には海中をのぞける観察窓も。九十九湾では海底に海藻が生い茂る「海中林(かいちゅうりん)」がみられますが、窓の外に広がる光景はまさに海藻の林そのもの。太陽の光がキラキラと海底を輝かせ、魚たちが林の中をスイスイと泳いでいきます。

岩場をぴょんぴょん伝って、海の上を散歩

船を降り、次に訪れたのは、九十九湾の端っこにある「磯の観察路」。海岸線に沿って、岩場を伝う遊歩道が続いています。

ところどころに海の生き物を紹介する看板があります。潮だまりを観察すると…いました、いました。波に揺れる海藻の間に、ヤドカリや小さな魚の群れが見え隠れしています。

イソギンチャクを発見!水が透き通っていて、海底まではっきりと見ることができます。岩場や砂地といった変化に富んだ環境に、多種多様な生命があふれていることを実感。岩の上で羽を休めるアオサギやウミネコの姿にも心がなごみます。

訪れる人を穏やかに包み込む九十九湾の魅力

九十九湾を海と陸から満喫した今回の旅。潮風に吹かれながら過ごした時間がこのうえなく贅沢に感じられました。多彩な生命を育み、人々の心のよりどころとなっている九十九湾の、なんと豊かなこと。

「九十九湾はまだまだ魅力にあふれています。来てくださった方々に楽しんでもらいたいから、もっと魅力に磨きをかけますよ」と笑顔をみせる林さん。皆さんもこの美しい景観に会いに、九十九湾を訪れてみてはいかがでしょう。この場所を「100年先に残したいもの」として推薦してくれた前田さんの言葉通り、“ゆっくりと流れる能登の時間”と“絵画のような風景”、そして地域の人々の熱い思いに触れ、きっと心に深い余韻を残す旅となるはずです。

施設情報はこちら

施設名
イカの駅つくモール

住所
石川県能登町字越坂18-18-1

電話番号
0768-74-1399

営業時間
9:30~17:00(遊覧船は10:00~15:00の1日6便、マリンレジャーは冬季休止)

休業日
水曜

※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。

地域ナビゲーター

森井 真規子

中部支部 地域ナビゲーター
森井 真規子

石川県小松市在住のライター。航空自衛隊、海外生活を経て故郷にUターン。金沢のライター事務所で修業を積み、2005年からフリーランスで活動しています。出会う人やモノ、コトのストーリーを丁寧にすくいあげ、分かりやすい言葉で伝えることを心がけています。