長崎県新上五島町

島の、懐かしい郷土料理「かっとっぽ」

2022.01.21

この記事では、日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介しています。今回は、長崎県新上五島町にある五島灘酒造株式会社の田本佳史(たもと よしふみ)さんが想う、100年先に残したい島の郷土料理「かっとっぽ」です。

その料理の名は「かっとっぽ」

田舎味噌が魚の器のなかでコトコト、コトコト…。ときに溢れでた味噌が熱で炙られ香ばしい香りが辺りに漂います。
 
長崎県・五島列島の北部に位置する新上五島町。この地域の郷土料理「かっとっぽ」は、味噌と魚の肝、ショウガ、ニンニク、ネギなどを和え、少し酒を加えながらあんを作り、ハコフグのおなかに詰め込んでそのまま焼いて食べるというダイナミックな食べ物です。白ご飯に良し!酒の肴に良し!と、食べた人をトリコにしてしまうご当地グルメでもあります。

名前の由来は、島の方言から

この島の人たちに「かっとっぽって何ですか?」と尋ねると、「魚のハコフグ」と「調理されたハコフグ料理」のふたつの答えが返ってくると思います。地域によって「かくろっぽ」や「かどっぽ」、「よつかど」など、さまざまな呼称で親しまれています。ちなみに、ハコフグは四角形をしていますよね。島の方言で魚のことを「ぼっぽ」と言うので、四角の魚「角(かど)+魚(ぼっぽ)」から「かっとっぽ」と呼ばれるようになったのだとか。

実はこのハコフグ、外敵から刺激を受けると皮膚から粘液とともに毒を出し自分を守る習性があります。そのため「フグの調理師免許」がないとさばくことができず、可食部は筋肉と精巣のみとなっているのです。

今回、100年先に残したいものとして「かっとっぽ」を紹介してくれたのは、新上五島町で焼酎づくりをしている五島灘酒造株式会社の専務・田本佳史(たもと よしふみ)さん。「食事と共にある焼酎」をコンセプトに、社員一丸となって畑を耕し、芋を育てながら焼酎をつくっています。この町で生まれ育った田本さんが昔から食べていたのが、かっとっぽなんだとか。
 
「私が子どもの頃の話ですが、あるお店で家族と外食したとき『かっとっぽ』をよく食べていました。残念ながらその店はもうなくなってしまいましたが、かっとっぽを見るとなんだか懐かしい気分になります。アルミホイルを開いた時のインパクトと、酒の肴に最高の一品というところに今も魅力を感じます」と田本さん。さて、この思い出の「かっとっぽ」、一体どんな料理なのでしょうか。

新上五島町の好漁場のひとつ「有川湾」は定置網漁が盛んで、ブリやマグロといった回遊魚が多く獲れます。また、秋風が吹く頃にはアゴ(トビウオ)が湾内に入ってきて、町はアゴ漁で活気づきます。
 
ハコフグもこの時期から獲れ始めるのですが、ブリやマグロやアゴといった人気のある魚はそのまま出荷されます。では、ハコフグはというと、一度の漁で獲れる数が多くても10匹程度ということもあり、地元の鮮魚店や島外市場にはあまり出回らず、漁師仲間やその家族、一部の旅館や飲食店で食べられています。実はおいしい魚だと知る漁師が好んでつくっていた料理が、この「かっとっぽ」なのです。

いまだ謎に包まれた、郷土料理の昔話

さて、この料理、いつ頃から食べられていたのかがよくわかっていません。郷土史などを調べても見当たらず、80代の方々に尋ねても「親が作って食べていた」とだけ。もしかすると100年程前にはすでに食べられていたかもしれません。そして、多くの方に尋ねてわかったことは、「網漁をする漁師やその近しい人たちがよく食べていた」ということと、「ハコフグの肝と味噌を和える」という作り方が共通していたことです。

ちなみに、かっとっぽに欠かせない味噌の話なのですが、およそ60年前、この島では、サツマイモや麦などを主食にしていた時代がありました。その流れから各家庭で麦味噌をつくるようになり、その自家製味噌を使ってかっとっぽを焼いていたそうです。この話をしてくれた80代のおじいちゃんは「いまのように食べ物がたくさんあったわけではないし、しかも、かっとっぽは滅多に食べられなかったからねぇ…。もうね、ざぁまに(本当に)うまかったっぞ!」と言って何度もうなずていました。

近年、海の環境変化の影響なのか毒がないとされていたハコフグの肝にも毒を持つ個体が現れ始め、肝を食べることができなくなってしまいました。そこで、現在ではハコフグの肝に一番近いとされるカワハギやウマグラハギといった魚の肝を代用して「かっとっぽ」はつくられています。

かっとっぽを求め、島の恵みでもてなす居酒屋へ

では実際にかっとっぽを味わうために向かった先は、地元の海で獲れた魚介を提供している「居酒屋 花菜丸。(はなまる)」。店主の川渕志朗(かわふち しろう)さんは、地元・有川湾で定置網漁をしている「有川漁業団」の団長理事も務められていて、ハコフグの酸いも甘いもご存の方です。

「こんにちは!」と花菜丸。ののれんをくぐると、川渕さんが笑顔で迎えてくれました。店内には魚と味噌の焼けるなんとも良い香りが漂っています。

「さぁ、どうぞ!」という声とともに、かっとっぽと刺身の盛り合わせなどが出てきました。「この店では定置網で朝獲れした鮮魚を提供しているので、地元の方が島外の人を連れて来られることが多いんです。地元の新鮮な魚と、地元ならではの魚料理かっとっぽをセットにして提供しています」と川渕さん。

島の恵みが目の前にありますが、まずはやっぱり「かっとっぽ」。炙られた田舎味噌の香ばしさを堪能しながら箸を入れます。弾力のある白身に肝と味噌を和わせたソースをたっぷり絡めていただくと、おいしい!フグのような旨味に、まろやかで濃厚さが増した味噌が合わさり、熱々の白ごはんがほしくなります。

方言で言うところの「上五島のごっつ!」

かっとっぽは「肝に味噌を和える」を基本に、それぞれの家庭で薬味や調味料に工夫を加えながら人から人へと伝わっていった料理です。しかし、今は気軽につくって食べることができません。
 
こういったかっとっぽの背景を知る川渕さんは「やっぱり島の郷土料理を食べてもらいたい」と言います。「地元の方が店に来られたとき、かっとっぽを出すと何か懐かしむような表情をするのです。その笑顔を見ているとこちらも嬉しい気分になります」とも言っていました。かっとっぽは上五島のご馳走、方言で言うところの「上五島のごっつ!」として、今でも島の人たちから愛されているのです。

漁師メシから郷土の味へ。受け継がれる味

島のあちこちで話を伺っていると、「大人の食べものだからという理由で、子どもだった私にはかっとっぽを食べさせてくれなかった」や「うちの親父は貰ってきたかっとっぽをアルミ箔に包んで、そのまま風呂釜に突っ込んで焼いていた」など、かっとっぽのエピソードが次々と出てきます。寒くなり始めた頃、網漁で獲れたかっとっぽを何やら真剣になって大人が七輪の上で焼いている。記録には残らないけれど、その姿を見て覚えている世代の人たちが、若い世代の人たちに教えてくれたおかげで、いま、かっとっぽを食べることができています。

紹介者の田本さんは「かっとっぽは先人がどのような想いで考案したのか考えるだけで楽しくなる料理です。代々受け継がれて、観光のお客さんが『かっとっぽありますか?』と訪ね歩く姿も面白いなと思います」とおっしゃっていました。漁師が好んで食べていたものが、いつしか島全土へ広がり、いろんなエピソードを持つようになった「かっとっぽ」。この料理とともに島の人たちが暮らしてきた物語も「島の郷土の料理」として、未来まで残ってほしいと思います。

施設情報はこちら

施設名
居酒屋 花菜丸。
 
住所
長崎県南松浦郡新上五島町有川郷1030-9
 
電話番号
090-4584-4164
 
営業時間
18:00~20:00 ※完全予約制
 
休業日
不定休
 
料金
花菜丸セット(かっとっぽ・お刺身・唐揚げ・おにぎり・味噌汁・2時間飲み放題付)
4,000円~
かっとっぽ単品 1,000円~
 
※ 施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際はお電話にてご確認いただきますようお願いいたします。

地域ナビゲーター

佐々田 晋次

九州支部 地域ナビゲーター
佐々田 晋次

五島列島・新上五島町在住。10年前にUターンしたのを機に写真を始め、自分が見つけられる範囲内の日常を撮りつつ、そこに少しの文章を載せてSNSなどで発信しています。
島特有のゆったりした時間の流れにすぐ同調してしまうので、やる気スイッチを毎日ちょっとだけ押しながら、島のあちらこちらを巡っています。また、半年ごとに発刊する新上五島町の情報誌「みJOY」の編集長(新米)として執筆活動もしています。