石川県能登町

季節の恵を届ける里山は能登の宝もの

2021.12.17

日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回「100年先に残したいもの」をご紹介いただいたのは、石川県能登町で能登牛を育てる「駒寄ミート」代表の駒寄正俊さんです。

世界農業遺産に認定された、能登の里山里海

2011年、日本で初めて世界農業遺産に認定された「能登の里山里海(さとやまさとうみ)」。世界農業遺産とは伝統的な農業や文化、景観などを次世代に継承するために創設された、国連食糧農業機関の認定制度です。

能登には海に面した棚田や海女(あま)漁、製塩といった昔ながらの暮らしが受け継がれ、自然とともに生きる人々の営みが美しい「里山里海」の景観を形作っています。

豊かな里山は、能登に暮らす人々の宝物

「能登の里山里海」として登録される、里山一帯の風景を100年先に残したいと語るのは、石川県能登町で能登牛を育てる「駒寄ミート」代表の駒寄正俊(こまよせ まさとし)さん。「能登といえば海をイメージする人が多いけど、山間部も多いんですよ」と里山の魅力を次のように話してくれました。

「豊かな里山は能登の宝。うまい米や野菜がとれるし、春は山菜も楽しみやね。土がいいのか、能登の山菜はサイズも味も一級品。季節ごとの風景も素晴らしいですよ。私は冬の雪景色が好きですね」。そして笑いながらこう付け加えます。「除雪は本当に大変やけど」。肌で感じる季節の移ろいこそ、里山暮らしの醍醐味というわけです。

里山の暮らしを体験できる「春蘭の里」

今回訪ねたのは、里山暮らしを体験できる「春蘭の里」。能登町宮地地区を中心とする奥能登エリアに点在する農家民宿群です。

民宿は現在47軒あり、海外からの旅行者や修学旅行生の受け入れも積極的に行っています。宿泊とともに満喫したいのが里山体験プログラム。春は田植え、夏は川遊び、秋はキノコ狩りといった多彩な体験を用意しており、日帰りでも楽しめます。

約25年前までの宮地地区は高齢化が進み、限界集落への道をたどっていました。集落の存続のため、有志が集まり立ち上げたのが春蘭の里。取り組みの甲斐あって、現在では国内外から年間1万3000人を超える人々が訪れ、地方創生の成功例として注目を集める存在になりました。

ここには観光施設はありません。おしゃれなレストランもありません。全国各地の中山間地域と何ら変わりのない、素朴でのんびりとした里山です。それでは何が多くの人を惹きつけているのでしょうか。

豊かな自然のほかに、何もない場所

迎えてくれたのは理事長を務める多田真由美(ただまゆみ)さん。春蘭の里を立ち上げた父の喜一郎(きいちろう)さんから2020年にバトンを託されました。

真由美さんと家族が運営する民宿「春蘭の宿」には昔ながらの囲炉裏やかまどがあり、まるで親戚の家のような居心地の良さ。窓から見える山の木々が、風にそよそよと揺れています。

「学校帰りに道端のフキノトウを採ったり、山で木登りしたり。よく川釣りもしましたよ」と子どもの頃の思い出を楽しそうに話す真由美さん。けれども豊かな自然環境があまりに当たり前だったので、その価値が分からなかったといいます。「だって何もない所ですから。都会の人たちは何が良くてわざわざ田舎の民宿にやって来るんだろうって不思議でした」。

五感を満たす里山の魅力を再認識

そんな彼女が中学生の時、ある出来事がありました。「当時の皇太子殿下が視察にいらっしゃったんです。私が暮らす場所はこんなに素晴らしい場所だったんだ、価値があるんだって感動して。その時、父が作り上げた春蘭の里を受け継ごうと決めました」。

その後、進学のためにふるさとを離れると、能登の豊かさや美しさ、温もりを再認識したといいます。草の匂い、虫の鳴き声、満天の星、せせらぎの音。どれも都会にはないものばかり。そして真由美さんは気付きました。ふるさとの一番の魅力は「人の温かさ」だと。

「能登は優しや、土までも」

「散歩していると必ず誰かが声をかけてくれます。『大根持っていかんけ?』って畑からひょこっと顔を出したり。みんな家族みたいなんですよ」。春蘭の里を訪れる旅行者の中には「ただいま!」と言って、毎年のように顔を見せるリピーターも少なくありません。いつ訪れても四季折々の自然と温かい笑顔が、家族のように迎え入れてくれます。

移住してきた人にも野菜を届けたり、困ったことがないか気にかけたりと、分け隔てなく接するのが当たり前。それは、この土地に根付く「見返りを求めない優しさ」なのだそう。能登の人情を表す「能登は優しや、土までも」という言葉がありますが、ここではその優しさがより色濃く感じられるのです。

里山は“自然”ではなく、人の営みが作り上げたもの

真由美さんと一緒に、里山の風景を楽しむ散歩に出かけました。稲刈りを終えた田んぼ、畑に並ぶ里芋の大きな葉、道端に咲く小さな花。何気ない風景に心を和ませ、ゆっくりと流れる時間を味わいます。

1軒の民家の前に、草が生い茂っていました。「ここは今、誰も住んでいないので草刈りが行き届かなくて。この田んぼは何年か前にやめてしまったので、荒れてしまってますね」。見ればところどころに耕されなくなった畑や田んぼ、雑草に覆われた水路も。

森の下草を刈ったり、田んぼの水路を整備したり、神社の境内を掃除したりと集落の人々は力を合わせ、大変な手間と時間をかけて里山を守っています。自然豊かな里山の風景は、人が作り上げたもの。人の営みそのものなのです。

三方を海に囲まれ、大部分が山間部で冬は雪に閉ざされる奥能登。その厳しい自然とともに暮らすためには、人々は手を取り合い家族のように生きていかねばなりません。土まで優しいといわれる能登の風土は、そうした厳しさが背景にあるためかもしれません。

100年先に残したいのは、里山に暮らす人の温もり

ふるさとの里山を守る思いを、真由美さんはこう話します。「能登を離れても、みんな心の中にふるさとがあるんです。守る人がいないと、ふるさとがなくなっちゃう。帰る場所があるって素敵じゃないですか。それに私、ここが本当に好きなんですよ」。

近年、地元に残って就職する若者や、移住者がぽつりぽつりと増えてきたそう。真由美さんが100年先に残したいのは、この里山の風景だけでなく、里山を通じて生まれる人と人とのつながりです。

「家族みたいな温もりを次世代につないでいきたいんです。私は田舎暮らしの“英才教育”を受けてきたから(笑)、私にぴったりの役割かも。育ててくれた地域の温もりを次へとつなぐ。その繰り返しですよね」。この優しく美しい里山の風景は、そうやって何代にもわたってつないできたものです。

春蘭の里には具体的な目標があります。「月収40万円。若い者が戻ってきて、赤ん坊の泣き声が聞こえる地域づくり」。ふるさとを離れることなく生計を立てられて、たくさんの子どもたちが遊ぶ光景を実現できたとき、この里山の風景はさらに輝くはず。

「豊かな里山は、能登の宝もの」。駒寄さんの言葉を思い出しながら、畑で農作業をする人に笑顔で手を振る真由美さんの姿を見て、この風景がずっとずっと、100年先まで続きますようにと心から願いました。

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施設名
春蘭の里

住所
石川県能登町宮地16-9
 
電話番号
0768-76-0021(春蘭の里事務局)

営業時間・休業日
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地域ナビゲーター

森井 真規子

中部支部 地域ナビゲーター
森井 真規子

石川県小松市在住のライター。航空自衛隊、海外生活を経て故郷にUターン。金沢のライター事務所で修業を積み、2005年からフリーランスで活動しています。出会う人やモノ、コトのストーリーを丁寧にすくいあげ、分かりやすい言葉で伝えることを心がけています。