広島県尾道市

家族を想う心から生まれた尾道の美の殿堂

2021.04.06

日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、広島県ライターの浅井 ゆかりさんご自身の「100年先に残したいもの」として、生口島の「耕三寺博物館」をご紹介します。

カメラ必携の「生口島(いくちじま)」へ

広島県尾道市から愛媛県今治市まで、6つの島々で繋がる「しまなみ海道」。尾道大橋、因島大橋、生口橋を渡って訪れる生口島は、道中の多島美の景色も素晴らしく、フォトジェニックなスポットがたくさんあります。この日は島の代表観光地である、耕三寺(こうさんじ)博物館を訪れました。

こんにちは!広島県のふるさとLOVERSナビゲーター浅井ゆかりです。普段はおもにタウン誌で、飲食店や観光スポットについて取材執筆を手がけています。県外の出身ですが、広島で暮らすこと17年。毎月特集の内容に合わせて各地を訪れているので、今やすっかり広島ツウ。全国の皆さんに、もっともっと広島の素敵な場所を知ってほしいなと思っています。

山あり海ありの広島県にはおすすめしたいドライブコースがたくさんありますが、絶対にはずせないのが島巡り。とくに尾道市街地から愛媛県今治市へ伸びるしまなみ海道は、車を走らせるのも、自転車で訪れるのも気持ち良い絶景コースです。

広島本土から向島、因島と続き、3つ目に位置するのが生口島。レモンの島として有名なこともあり、ぐるりと島を周遊するとあちこちでレモン色を目にします。飲食店ではさまざまなレモングルメが堪能でき、旬の時期になると種類豊富なご当地柑橘類を格安で購入することができますよ。

母を想う心から生まれた極彩色の寺院

島を訪れたら、必ず足を運んでほしいのが「耕三寺博物館」です。生口島北ICから車で15分ほどの場所にある、島を代表する観光スポット。⾊ 彩 豊 か な 耕 三 寺 と 始 ま り の 建 物 「潮 聲閣 (ちょ う せ い か く)」、 ⼤ 理 ⽯ で 造 ら れ た 空 中 庭 園 「未 来 ⼼ の 丘 (み ら い し ん の お か)」な どで 構 成 さ れ る屋外型の博物館です。

こちらの場所を「100年先に残したいもの」として選んだのは、主要観光地ということだけでなく、その歴史や造り手たちの想いに触れてほしいから。耕三寺は「西の日光」「母の寺」とも呼ばれ、初代僧侶が母のために建てた寺院です。平等院鳳凰堂を模した本堂、室生寺五重塔を模倣した五重塔など、日本各地の古建築が蘇ったかのような佇まいにも目を奪われます。また、未来心の丘は彫刻家が自身のテーマに即し、家族憩いの場になればと願い手がけたものです。

雰囲気の異なる美の殿堂ですが、根底に流れる“想い”は同じ。誰かのためにと造られたものはその美しさも群を抜いて素晴らしく、だからこそ人を惹きつけてやまないのかもしれません。

写真は耕三寺の見どころのひとつである、日光東照宮の陽明門を模したとされる孝養門(こうようもん)。飛鳥時代の建築様式を再現した細やかな造りも相まって、堂々とした風格が漂います。

今回博物館を案内してくださったのは、学芸員の吉田守さん。耕三寺博物館を担当して13年になる、ベテラン学芸員さんです。

「耕三寺の初代住職である耕三寺耕三は、もとは金本福松という名の実業家。特殊鋼管の製造会社を大阪で設立して成功し、大きな財を成しました。その成功の陰には絶えず見守ってくれた母の存在があったため、成功ののち、母の故郷である生口島(尾道市瀬戸田)に母の隠居所を構えたのです」。

耕三氏は実業家として活躍後に仏門に入り、旅立った母の菩提追悼のため耕三寺を建立しました。耕三寺は無檀家寺院であり、地域貢献にも力を入れていた耕三氏が、凝った寺院をより多くの人に見てもらえればと願い博物館の形態になったといいます。

耕三寺の原点「潮聲閣(ちょうせいかく)」

吉田さんの話にも出てきた母の隠居所というのが、山門をくぐってすぐの東側に構える「潮聲閣」。いわば、耕三寺博物館の原点ともいうべき建物です。

昭和初期に建てられたこの建物は、住宅とは思えない豪奢な造り。耕三氏がいかに母を深く想っていたか、その愛情がひしひしと伝わります。
この住宅が建てられた時分、耕三氏は大阪での事業を営んでいた最中。母の老後の慰めになればと、銘木をたっぷりと使い、内装には母が愛する花や鳥をあしらい、一流の技術をもって和洋折衷の美しい建物を造りあげました。

こちらは老人室という名の、お母様の居間。最高格式の座間で、床柱と建具は黒柿、薩摩杉一枚板の欄間には梅とセキセイの彫刻が施され、ため息が出るほどの美しさです。天井の花鳥画は帝展作家・山下薫画伯が、襖絵は同じく帝展作家の川上拙以画伯が描いたものです。

大広間からは中庭が見渡せ、心落ち着く空間に。書院造の十畳間で、隣には六畳の次の間が控えています。床柱は紫壇、床框は黒壇、床板は欅の研ぎ出しの一枚板と、こちらも銘木づくし。庭石には奈良の生駒石が用いられています。

しまなみを背に浮かぶ空中庭園

耕三寺だけでも見応え抜群なのですが、さらに敷地を奥へと進んでいくと、寺院とはまた違った、まるで地中海沿岸の異国のような景色が…!

それがこの、大理石庭園「未来心の丘(みらいしんのおか)」。耕三寺が1936年から30年あまりかけて造られたのに対し、こちらは1989年から制作され2000年に開園した比較的新しい庭園。どちらも完成までに長い時間を要しています。

庭園と寺院に通じるテーマ「家族愛」

手がけたのは、広島県世羅郡世羅町出身の彫刻家・杭谷一東(くえたにいっとう)氏。ローマの国立アカデミアで巨匠ペリクレ・ファッツィーニ氏に師事した杭谷氏は、バチカン宮殿の謁見の間「キリストの復活」の制作にも参加。国内外で数々の賞を受賞している、著名な彫刻家です。

使用されている大理石の量は約3000t。どこもかしこも真っ白で、「イタリアのサントリー二島のよう」「エーゲ海近郊の国に来たみたい」と、SNSでひっきりなしに話題になっています。

ちなみにこの未来心の丘、杭谷氏の作品が家族愛と湧き出る力をテーマにしていることから、母の慈愛に報いんと建てられた耕三寺に通じるものがあったため、ここでの制作が決まったのだそうです。

人も風景も巻き込んで進化し続けるアート

どこを切り取っても絵になる庭園なのですが、ここ最近のイチオシは今年3月に新設されたハート型のオブジェ。西側から覗き込むと庭園のシンボル「光明の塔(こうみょうのとう)」がハート内の真ん中に位置し、まるで一枚の絵画のよう。フレーム代わりにして写真を撮る人をたくさん見かけました。

杭谷氏の作品テーマのひとつが“家族愛”だと先にも述べましたが、SNSで話題になり、多くの人が撮影に訪れる現在の状況を、杭谷氏自身も大変喜ばれているそう。親子でアスレチックのように楽しんでもらえればと当初より話しておられたようで、この新設されたオブジェも、観光する人たちが指をハート型にして写真を撮る様子を見て思いついたものだと伺いました。

イタリアのようなカフェで心ときめくティータイム

そのほか庭園内でおすすめしたいのが、「カフェクオーレ」。ドリンクやスイーツがそろい、ちょっと休憩するのにぴったりです。

この日は気温が高かったこともあり、島レモンを使ったレモンスカッシュをオーダー。すっきりした酸味と爽快感たっぷりの炭酸が喉を潤し、一気にリフレッシュしました。店内からは瀬戸内海や島の景色が一望できて居心地も抜群。イタリアにちなんだブラッドオレンジジュースやイタリアンビールもあり、異国情緒に浸ってみるのもまた一興です。

多彩な楽しみ方で訪れるたびに新たな発見

写真撮影を楽しむ人で賑わう未来心の丘ですが、学芸員の吉田さんがおすすめする写真の撮り方は、光明の塔の裏手にまわり、あえて逆光で撮影すること。塔の下に立つ人がシルエットになり、雰囲気のある一枚に仕上がります。

「ほかに塔の前面下部にある座台をよく見ると、背後にオーラが立ちのぼっていくような彫り跡があります。これは杭谷氏がこの作品の核(コア)をイメージしたもので、光明の塔の空間と一続きになるようデザインされているので、ぜひ探してみてくださいね」。

耕三寺は春の桜、夏の蓮、秋の紅葉と、花の名所としても人気のスポット。季節や時刻で違う表情を見せてくれる未来心の丘もまた、行くたびに新しい発見があるはずです。

広島県内に在住の人は地元を見直すマイクロツーリズムとして、県外にお住まいの人は海外を旅した気分になれる場所として、ぜひ耕三寺博物館を訪れてみてはいかがでしょうか。
寺院を建立した僧侶の想い、庭園建築を手がけた彫刻家の想い、その大きな愛情にも触れ、心満たされる時間を過ごすことができそうです。

<今回の旅スポット>

耕三寺博物館

広島県尾道市瀬戸田町瀬戸田553-2
0845-27-0800
9:00~17:00(年中無休) ※「潮聲閣」は10:00~16:00

入館料
大人1400円 大学生1000円 高校生800円 シニア1200円 中学生以下無料
※「潮聲閣」は別途見学料200円

地域ナビゲーター

浅井 ゆかり

中国支部 広島県ライター
浅井 ゆかり

タウン誌をメインに、ジャンル問わず取材執筆(時々撮影)を手がけるフリーライターです。広島に嫁いで十数年になりますが、広島生まれ広島育ちの夫よりこのまちに詳しい自信あり! 取材に応じてくれる人、記事を手にしてくれる人へ、ちょっとした幸せや新鮮な驚きを届けられるようなプラスの言葉を紡いでいきたいです。