
山梨県富士河口湖町
2023.01.10
日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、兵庫県丹波篠山市にある「LEO CRAFT」の高木雄亮さんに、「篠山チルドレンズミュージアム」をご紹介いただきました。
山々に囲まれた農村風景が魅力的な兵庫県丹波篠山市。丹波栗や丹波篠山黒豆などの特産品を生み出すその風土に憧れて、都市部から移住を決意する人が増えているといいます。大阪から丹波篠山に移り住んだ時計作家の高木雄亮(たかぎゆうすけ)さんもその1人です。
古民家に構えた工房「LEO CRAFT」で腕時計を製作する高木さんに、丹波篠山で100年先に残したいものを尋ねると、「工房から車で3分ぐらいの身近な場所なんですけど、木造の元中学校校舎を利用した『篠山チルドレンズミュージアム』という施設があります」と教えてくれました。「このあたりで子どもが1日中遊んだり体験したりできる施設はなかなかないので、人口が先細るなかでも残ってほしい大切な場所」とのこと。早速訪れてみることにしました。
「篠山チルドレンズミュージアム」、通称「ちるみゅー」は、旧多紀中学校を活用した地域創造の拠点として2001年の夏休みにオープンしました。子どもの創造性や生きる力を育むハンズオン展示やワークショップが盛りだくさんの、ほかにはないミュージアムです。もちろん子どもだけでなく、“子どもの心を持つ大人” も一緒になって遊ぶことができます。
ハンズオン展示とは、従来の博物館に多い「見る展示」に対して「触って体験できる展示」のこと。特に、アメリカのチルドレンズミュージアムを中心に発達した展示方法で、 好奇心旺盛に展示品に触り、何かを発見して驚いてもらうという狙いがあるのだそうです。
こちらは、回転寿司のようにさまざまな年代のおもちゃが並ぶ「くるくるグラフィティ」。おもちゃや近代日本のサブカルチャーに触れながら、100種類ものワークシートの中から好きなものを手に取って、色塗りやクイズに挑戦できます。
一方、ワークショップ棟に並ぶ「ひみつボックス」は中に何が入っているかわからないおもちゃ箱。子どもたちはスタッフとコミュニケーションを取りながら箱を選び、わくわくしながら箱を開けます。
たとえば「くらのかぎ」は、伝統的な蔵の扉に使われた鍵の構造をそのまま箱に詰めたもので、大工さんの仕事を知り、鍵の仕組みを学べるユニークなおもちゃです。
木の香りが漂う遊具もあります。室内に広がる「ちるみゅー城」を組み上げたのは、地元の木工作家さんです。丹波篠山産のヒノキやスギで作られた遊具には、子どもたちが夢中になって遊べる仕掛けがたくさん。滑り台やトンネル、おままごとカフェ、手触りの良い木のボールがころころと流れるからくりなどがあり、子どもたちが思い思いに遊んでいます。
「子どもグラフィティ棟」には、そのほかにもハンズオン展示が盛りだくさん。言語や衣服を通じて世界の子どもたちの暮らしを学んだり、コマ回しやけん玉などの昔遊びを体験したりできます。レストランや人形劇の部屋を備えた「交流棟」とともに、1951(昭和26)年に建てられた旧多紀中学校の校舎をほとんどそのまま利用しているので、学生生活を思い出して懐かしさを覚える人もいるかもしれません。
「入って左側に購買部があってね」。この校舎で中学校時代を過ごした館長の垣内敬造(かきうちけいぞう)さんは、2000年に母校が生まれ変わると聞いて居ても立ってもいられず、デザイナーの仕事のかたわら、ボランティアとしてちるみゅーの運営に関わり始めたといいます。
ちるみゅーを支えるボランティアの市民は、それぞれが自分の得意分野に責任を持って取り組み、特にイベントやワークショップでその力を発揮しているのだそうです。子どもたちはスタッフやボランティアの手を借りながら、草花を使って万華鏡を作ったり化石発掘を体験したりします。
屋外の「かまどワールド」で開かれるワークショップでは、保護者と一緒にピザやパン作りに挑戦できるほか、おくどさん(京言葉でかまど)で料理をするなど日常とは一味違う経験をします。
ちるみゅーの自然豊かな屋外エリアで特に印象的なのは、美しい芝生と、その中央に立つ大きな木です。時計作家の高木さんがちるみゅーで最も気に入っているのも、のんびりしたこの風景だと言います。「広々として、本当に雰囲気が良く、気持ちいいんですよね。子どもに目が届きやすいので、安心して遊ばせられます」
「魔法の庭」にはかわいくて不思議なアート作品が並びます。針金でシャボン玉を作って遊べるエリアも人気です。コツを掴めば、写真のような特大シャボン玉をいくつも連続して作れるようになります。
これほど充実した施設ですが、ちるみゅーには、市の財政難によって一度閉館した歴史があります。開館当時の館長は、篠山出身の臨床心理学者・河合隼雄さん。垣内さんは「河合先生にたくさんアドバイスをもらってボランティアをやってきたから、感謝の気持ちが大きかった」と、自分が館長になってちるみゅーを復活させる決意を固め、閉館から1年3カ月後の2013(平成25)年4月に再開館を果たしました。
ちるみゅー再開後は、地元のお祭りや手工芸品のイベント「クラフトビレッジ」を誘致して庭を開放したり、グラウンドゴルフのために市民にスペースを貸し出したりと、地域に開かれた施設を目指しました。子どもの少ない丹波篠山という地域で子どものためのミュージアムを運営するには、地域の理解が不可欠だと考えたからです。
また、地域の豊かな自然環境にも再び目が向けられ、近年のワークショップには自然観察やツリークライミング、ウォータースライダー作りといった創造的なアウトドア・アクティビティが増えました。
垣内さんは、ちるみゅーで子どもの中に変化が起こるのを目の当たりにするときに喜びを感じると言います。「不思議な顔をしたり、じっと考え込んだり、大人が教えていないことに自分で気付いたりすると、その学びが子どもの中に残ります。スタッフが子どもに接する様子を見た保護者が気付きやヒントを得て、ちるみゅーで親子の関わり方が少しずつ変わることもあります」
田んぼの脇に立つちるみゅーのゲートには「またきてね」の文字が書かれています。ちるみゅーを再開し、継続したことによって、10年も20年も前にちるみゅーで遊んだ子どもたちが施設に戻ってきてくれることは、この上なく嬉しいことだと垣内さんは話します。
「家族ができて、自分の子どもと一緒に遊びにきてくれることもあります。大学生になってアルバイトとしてきてくれたり、スタッフとしてちるみゅーで働いたりすることもあります。ちるみゅーで良い経験を得た子どもが大人になって、思い出を胸に帰ってくることは、施設を運営する者にとってだけでなく、地域にとっても嬉しいことではないかと思います。そこに、やりがいを感じます」
一度閉館した施設だからこそ、地域の人がその長期的な存続の価値に気付き、今度こそ100年先まで子どもたちが集う場所になってほしい。そう願わずにいられないのは、ちるみゅーにはほかでは味わえない体験が詰まっているからです。「子どものための施設ですが、大人だけで訪れても、童心に帰って思いっきり遊べると思いますよ」。そう言ったのは推薦者の高木さん。誰もが心を開放してリラックスできるちるみゅーに、ぜひ足を運んでみてください。
施設情報はこちら
施設名
篠山チルドレンズミュージアム(ちるみゅー)
住所
兵庫県丹波篠山市小田中572
電話番号
079-554-6000
営業時間
10:00~17:00
営業日
3月~12月の土・日・祝日および、夏休み期間の水・木・金曜日
1月と2月は全休業
近畿支部 翻訳・通訳案内士
堀 まどか
兵庫県生まれ、在住。阪神間の街と海と山の近さがお気に入り。通訳案内士(英語ガイド)として、また、地域と観光を切り口にしたフォトライターとして西日本のおもしろさを伝えています。好奇心さえあれば、地域の魅力をまだまだ発見できるはず。