石川県加賀市

藩政時代からつなぐ加賀の茶文化

2023.03.17

日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、石川県加賀市にある山中温泉の老舗宿「花紫」の山田さんに、加賀の茶文化をおすすめいただきました。

江戸時代に始まる、お茶どころ加賀の歴史

茶の産地といえば、どこを思い浮かべますか?静岡県や鹿児島県などが有名ですが、実はここ石川県でも茶の栽培が行われています。石川県南部の南加賀とよばれるエリアは、かつてアメリカに輸出するほど茶の一大生産地だったとか。ちょっと驚きですよね。

「加賀藩前田家3代当主の前田利常(まえだ としつね)が宇治から茶の種を取り寄せ、茶の栽培を始めたといわれています」と教えてくれたのは、加賀市山中温泉の老舗宿「花紫(はなむらさき)」で広報を務める山田さん。100年先に残したいものとして「加賀の茶文化」を推薦してくれました。

「加賀市には県内唯一の製茶組合があり、花紫の茶房でもこちらのお茶を使用しています。茶の湯の心は、おもてなしの心。藩政時代から続く加賀の茶文化を大切に、後世に伝えてきたいと思っています」と山田さんは話します。

武士も庶民も広く楽しんだ、加賀藩の茶の湯文化

加賀藩で茶の湯がさかんになった背景には、藩の文化奨励策がありました。加賀藩前田家は外様大名でありながら、百万石を超える大藩。幕府から謀反(むほん)を疑われないように、工芸や芸能といった文化に財力をつぎ込んだのです。武士から庶民にいたるまで広く茶の湯に親しむようになり、藩の支援で茶の栽培も始まりました。

南加賀で茶の栽培が最盛期となった明治時代、加賀の茶文化にひとつの転機が訪れます。茶が輸出品となったことで値段が高騰し、庶民には貴重なものになってしまったのです。そこで、それまで廃棄していた茎の部分を焙(ほう)じた「棒茶」が考案されました。棒茶は庶民が気軽に楽しめるお茶として愛されるようになり、現在も加賀では棒茶が主流です。

加賀の茶栽培を守り続ける「打越製茶農業協同組合」

全国有数の茶の産地となった南加賀ですが、現在生産を続けているのは加賀市打越(うちこし)地区ただ1カ所となりました。その拠点が、今回ご紹介する打越製茶農業協同組合。栽培から製茶、販売まで一貫して手がけ、藩政時代から続く加賀茶の歴史と伝統を伝えています。

こちらは組合長の吉田和雄(よしたかずお)さん。30年以上にわたり加賀茶の栽培に携わっています。「明治時代の栽培面積は約60ヘクタール、見渡す限り茶畑だったんです。今は3ヘクタールですね」と吉田さんは話します。

海外へ輸出するほどの大産地が、ここまで縮小してしまった理由、それは米への転作です。「昭和半ばに開田事業があって、多くの茶畑が水田に変わったんです。食糧増産の時代でしたから」。少しずつ姿を消す茶畑。藩政時代から続く歴史が途絶えようとしていました。

「でもね、この地でお茶を栽培してきた長い歴史を、われわれの代で絶やすわけにいかんからね」と言葉に力を込める吉田さん。組合の有志は伝統を守るべく、2002(平成14)年と2010(平成22)年に新たな茶畑を造成。さらに、それまで畑の所有者がそれぞれで行っていた栽培管理を組合役員がまとめて担う体制をつくり、品質の向上と作業の効率化を実現しました。

「加賀紅茶」で加賀茶の新時代を切り拓く

どんな伝統もそうですが、「守らなければ」という使命感だけで次世代につなぐことはできません。打越製茶農業協同組合では、栽培した茶葉を煎茶や棒茶に加工していましたが、それだけで生産拡大を目指すことは難しかったそうです。

「いくら作っても、売れないと先に続かない。昔に比べてお茶を飲まなくなったでしょ?産業としては先細り。そんな時に『紅茶を作ったらどうか』という提案がありました」と吉田さん。

新たな市場開拓と付加価値向上を目的にスタートした紅茶生産。組合員は静岡で5年間にわたって加工技術を学び、2014(平成26)年、満を持して紅茶加工機械を導入しました。「加工が始まると、工場の中が紅茶の香りでいっぱいになりますよ」と吉田さんはにっこり。

打越産の紅茶は地元のレストランやカフェなどで評判をよび、愛好者が続出。現在、組合の生産量の約4割を紅茶が占めるまでになりました。

打越産の紅茶は、ヤブキタとオクヒカリという緑茶の品種からつくられます。甘い香りとすっきりとした後味が特徴で、口いっぱいに広がるやさしい味わいに、ほっと肩の力が抜けていくのが分かります。

黒ボク土の台地が、おいしい茶を育む

吉田さんが茶畑を案内してくれました。取材に訪れたのは11月下旬。剪定を終え、あとは冬支度を待つのみとなった茶畑に足を踏み入れてびっくり。土がスポンジのようにふかふかしています!土を踏みながらはしゃぐ私に「土がいいからね」と笑顔で応える吉田さん。

「茶畑ってね、水はけが大事なんですよ。打越の土は水はけがいい」。打越地区は台地の上に広がっており、「黒ボク」とよばれる黒っぽい土に覆われています。黒ボクの特徴は、水はけの良さとやわらかさ。ここは茶の栽培に適した場所なんですね。

加賀の霊峰・白山と茶畑の絶景スポット

新しく茶畑を造成した時、地域の人々が協力して茶の木を植えたそうです。「自分が植えたお茶だから、みんな愛着があるんですよ」と吉田さん。新茶の季節には、地域の子どもたちの茶摘み体験やイベントなどが開催され、大勢の人で賑わいます。「地元の愛好家がもっと増えたら嬉しいですね。多くの人に楽しんでもらえたら、茶畑はもっと広がっていくでしょうから」。藩政時代から続く茶栽培の伝統を受け継ぎ、未来にバトンを渡すための取り組みを、地域のみんなでコツコツと続けています。

「すごくいい景色のところがあるから」と吉田さんが案内してくれたのは、台地の中ほどにある小さな茶畑。その向こうに、うっすらと雪をかぶった白山がのびやかなすそ野を広げています。爽快な景色に思わず深呼吸。「100年後もこの景色があるといいね」と吉田さんは目を細めます。

茶文化が育んだおもてなしの心は、時代を超えて

変わりゆく時代や嗜好・ニーズの変化に柔軟に対応しながら、煎茶、棒茶、紅茶と愛好者のすそ野を広げてきた加賀の茶文化。かたちやスタイルが変わっても「おいしいお茶を楽しんでもらいたい」という思いが変わることはありません。その思いは、推薦者の山田さんが話してくれた「茶の湯の心は、おもてなしの心」という言葉そのもの。

一服のお茶で人を幸せにしたい。そんなおもてなしの心を宿した加賀の茶文化を、私自身もひとりの愛好者として受け継いでいきたい。そう思った取材でした。

施設情報はこちら

施設名
打越製茶農業協同組合

住所
石川県加賀市打越町ち31

電話番号
0761-74-0390

営業時間
8:30~12:30(直売所)

休業日
月曜~土曜(日曜のみ営業)

※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。

地域ナビゲーター

森井 真規子

中部支部 地域ナビゲーター
森井 真規子

石川県小松市在住のライター。航空自衛隊、海外生活を経て故郷にUターン。金沢のライター事務所で修業を積み、2005年からフリーランスで活動しています。出会う人やモノ、コトのストーリーを丁寧にすくいあげ、分かりやすい言葉で伝えることを心がけています。