栃木県栃木市

一生モノとして愛される「都賀の座敷箒」

2022.07.13

この記事では、日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介します。今回は栃木県栃木市で「都賀(つが)の座敷箒」を作る手づくりほうき「荒木時三商店」の荒木由和(あらきよしかず)さんからお話を伺いました。

昭和23年創業。70年以上箒を作る、手づくりほうきの名店

栃木県栃木市の北に位置する旧都賀町は見渡す限り田園風景が広がる、のどかな山里です。そんな田園の一角にあるのが手づくりほうき「荒木時三商店」。この町で70年もの間、箒(ほうき)作りを続けています。
 
100%手作りの箒は、どのように作られているのでしょうか。その技を拝見するために、大小さまざまな箒に囲まれた工房を訪問すると、今では町唯一の箒職人となった2代目、荒木由和(あらきよしかず)さんがにこやかに出迎えてくれました。

100年先、200年先まで残したい、栃木県の伝統工芸品

以前は旧都賀町のあちこちで作られていた箒ですが、今では由和さんが町唯一の箒職人となりました。箒づくりを連綿と受け継ぐ由和さんが「100年先、200年先まで残してほしい」と語るのは、1997年に県の伝統工芸品、2014年には栃木市の小江戸ブランドに認定された「都賀の座敷箒」です。

戦後間もなく創業。箒はニーズの高い生活の必需品

手づくりほうき「荒木時三商店」の創業は1948年。戦後間もなくのことでした。当時、都賀町では農家の副業として箒を作る家庭も多かったそうです。「父は戦後の混乱期に手に職を付けようと、自宅近くの親方の家に箒作りを教わりに行ったと聞いています」と話すのは、創業者、時三(ときぞう)さんの娘で由和さんの妻、初代(はつよ)さん。

創業当時は掃除の必需品としてニーズも高く、初代さんは「父は箒の材料となるほうき草(ほうきもろこし)の収穫時期となる9月・10月、ほうき草を買い取るために各地を飛び回ってほとんど家にいませんでした」と振り返ります。時三さんの妻・トクさんが嫁いだその夜から、箒作りで夜なべをしたというエピソードも由和さん夫妻が懐かしみながら話してくれました。

伝統工芸品認定を機に、公務員だった由和さんが一念発起

ところが、掃除機の普及や生活スタイルの変化などから次第に箒を作る人が少なくなり、とうとう都賀町の箒職人は時三さん一人となってしまいました。「働き口の誘いもあったみたいですが、父は頑として断っていました。『箒でやっていくんだ』って。根っからの職人だったんですね」と初代さん。

とはいっても後継者がいなかったため、時三さんは「自分一代で箒作りはおしまい」と周囲にもらしていたそうです。そんな状況が一変したのは1997年。都賀の座敷箒が栃木県の伝統工芸品になったことから、由和さんが「親が築いた都賀の座敷箒の名前を絶やしちゃいけない」と一念発起。栃木市職員だった由和さんは、休日返上で時三さんとトクさんから技を学びました。「最初は綺麗に編めなくてね。教わったというより、見て覚えた感じですよ」と振り返ります。

定年後は箒作り一筋で腕を磨いてきた由和さん。「どれだけやっても、箒作りは難しいですね。本当に自分が満足できる箒はなかなかできないですよ」と控え目に語りますが、時三さんとトクさんが他界した今、町唯一の箒職人として伝統の灯を守っています。

手仕事に込められた「長持ちするように」との思い

実際に由和さんの作業を見せていただくと、素早い手さばきを目で追うのがやっと。ほうき草の束の名称について丁寧に説明してくれるところにも、由和さんの人柄がにじみ出ています。ほうき草をいくつかの束にして結わえたら、束を合わせて編みこんでいきます。1日に仕上げられるのは2〜3本。「100%手作り。機械じゃないから、同じものは2本できないんです」と由和さん。

「国産のほうき草は柔軟性がある」ことから、ほうき草は近隣農家に栽培を委託しています。質の良いほうき草を1本1本選定する、紐をしっかりと締める…こうした一連の丁寧な手仕事にはすべて、「丈夫で長持ちするように」という思いも込められています。

40年以上、大切に使われている箒との再会

丹精込めて作られた箒は一生モノ。その証拠に、百貨店の実演販売で由和さん夫妻が出会ったのは、なんと30年ほど前に箒を購入したというお客様です。「父が作った箒を催事会場に持ってきてくれたんです。とても綺麗に使ってくれていて感動しました」と初代さん。

また、「お嫁に行く時に箒を持参して今も使っています」と話す高齢の女性がいるなど箒を長年、愛用しているという声も多いそうです。「使い方次第で箒は一生モノになります。だからこそ、長持ちする箒を作らないと」と由和さんは言います。

伝統を受け継ぎながら、新たな箒の世界を開拓

伝統を受け継ぐ一方、新しいアイデアを積極的に取り入れている由和さん。「今の生活スタイルを考えて、見た目も重視しています。これからも固定観念にとらわれず、いろいろなことに挑戦したいですね」という言葉通り、工房には柄の部分に紙の原料として有名な「楮(こうぞ)」を使った箒や藍染の糸を使った箒など、これまでの箒のイメージを覆すおしゃれな新製品が並んでいます。

技とともに100年先も残してほしいもの。それは…

玄関先にも工房内にも、ところ狭しと並んでいる大小さまざまな箒。バサッバサッとほうき草が擦れる音やギッギッと糸を締める音。工房は、懐かしくて温かい昭和の空気に満ちています。そして、ゴザが敷かれた床で、年季の入った手作りの道具で作業に没頭する由和さん自身もまた、工房の雰囲気そのまま。

​​「箒は昔、神が宿るとされ催事やお祭りに使われていたそうで、その後、掃除道具として人々の生活に欠かせないものとなりました。長い年月、途絶えなかったこと、それこそが箒の価値であり、箒そのものが日本の文化だと思っています。だからこそ、100年後、200年後、都賀でこういう箒を作っていたということが残ってほしいですね」と由和さん。都賀の座敷箒の技とともに、この工房が織りなす独特の空気や佇まいも、100年先に残してほしい“かけがえのないモノ”だと感じました。

スポット情報

施設名
手づくりほうき「荒木時三商店」

住所
栃木県栃木市都賀町木284-3

電話番号
0282-27-3185
(事前連絡にて購入可能)

地域ナビゲーター

斎藤 里香

関東支部 ふるさとLOVERSナビゲーター
斎藤 里香

群馬県在住。北関東と埼玉を中心に取材・執筆活動をしています。いろいろな「コト」や「モノ」に携わっている人々の“代弁者”として、頑張っている姿や魅力、人々の思いなどを少しでも多くの人たちに伝えられたら嬉しいです。