兵庫県丹波篠山市

300超の物語を紡ぐデカンショ節

2022.05.20

この記事では、日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介します。
今回スポットをご紹介頂いたのは、「雪岡市郎兵衛洋菓子舗」のオーナーパティシエ・雪岡孝征(ゆきおかたかゆき)さんです。

デカンショはふるさとの誇り

「ヨーオイ、ヨーオイ、デッカンショー」

辺りが暗くなり、風が心地よい涼気を含み始めた頃、お囃子(はやし)がスピーカーを通して篠山城跡に響きます。すると、そろいの白い浴衣に身を包んだ人々が唄に合わせて手拍子を打ち、指先までピンと伸ばして踊り始めました。

京阪神から約1時間という近距離ながら、昔懐かしい里山風景が広がる丹波篠山。かつての城下町が美しい丹波篠山。気候風土に恵まれ、おいしいものが目白押しの丹波篠山。幾重にも折り重なる魅力があるこの町で、住民の多くが誇りに感じているのが、江戸時代から伝わる盆踊り唄を原型とする民謡「デカンショ節」。そして、それに合わせて踊る「デカンショ踊り」です。

真夏の思い出はデカンショ祭

地元産の丹波栗がゴロゴロ入ったチーズケーキが人気の「雪岡市郎兵衛洋菓子舗(ゆきおかいちろべえようがしほ)」で、オーナーパティシエをつとめる雪岡孝征(ゆきおかたかゆき)さんに「100年先に残したいもの」を伺うと、真っ先に挙がったのが「デカンショ祭」でした。祭は、やぐらの上で演奏されるデカンショ節に合わせて人々がその周りを踊る、真夏の夜の盆踊り大会です。

城下町に店を構える孝征さんの出身はとなり町。「母親の実家が篠山の町なかでね。デカンショ祭の日は2、3時間は踊ってた。まずは踊らないと。それからやっと楽しみの夜店に連れて行ってもらえる」と思い出を語ります。祭りの季節ごとによみがえる、心弾む夏の記憶です。妻の雪岡なおみさんは以前から三味線を習っていて、篠山に越してきてからデカンショ節保存会の地方(じかた)、つまり演奏者の練習に参加しています。

出会いは20代、唄い続けて保存会会長に

なおみさんの紹介でお話を伺えたのが、デカンショ節保存会の吉田浩明(ひろあき)会長です。“田んぼ焼け” した肌に浴衣がビシッと決まっていますね!吉田会長がデカンショ節に出会ったのは20代半ばのこと。郷土芸能を紹介する全国放送の人気番組が篠山中学校体育館で収録されることになり、吉田会長にお呼びがかかりました。「コーラスしてて、声がよかったからね。それから本格的にデカンショを唄うようになった」

丹波篠山の壮大な時代絵巻

“デカンショデカンショで半年暮らす あとの半年寝て暮らす” の歌詞で有名なデカンショ節には、実は300を超える歌詞があるのだそうです。毎年、一般の応募作品のなかから「日本デカンショ節大賞」が選ばれ、時代や人々のふるさとへの思いを反映した歌詞が付け加えられていきます。たとえば、2021年には「五輪の聖火」「農業遺産」のキーワードが入った歌詞が追加されました。

吉田会長は、「デカンショ節は物語性のある素晴らしい歌」だといいます。黒豆作りや丹波杜氏(とじ)、家族への思い、祭の楽しみ、ぼたん鍋や酒のおいしさといったふるさと自慢が高らかに唄われ、丹波篠山の暮らし、人情、風景、生活、伝統、文化、歴史が詰まっているからです。

「デカンショ」に意味はある?

でも、そもそもの話、「デカンショ」って一体どんな意味なんでしょう。疑問を胸に訪れた「丹波篠山デカンショ館」ではいくつかの説が見つかりました。「どっこいしょ」「出稼ぎしよう」「……でござんしょう」がそれぞれ転化したとか、明治時代に篠山の遊学生から関東の学生を通じて、やがて全国の学生に広まった経緯と関連付けて、哲学者デカルト、カント、ショーペンハウアーの頭文字をとったとかいうものです。そうは言っても、要するに素朴な囃子ことばで、特別に意味を持たせる必要はないという説明がしっくりくるように思います。

デカンショ館には、いつもは祭り以外で見ることのできないデカンショ踊りがAR(拡張現実)で繰り広げられる「バーチャルデカンショ踊りブース」が設けられています。タブレット端末の中とはいえ、保存会の踊り手がキリッとした表情で踊り始めると、やぐらが描かれた背景と相まって、祭りの高揚感が伝わってきます。

困難のなかで伝統をつなぐ 

それでも、できることなら生のデカンショを見てみたい!というわけで、吉田会長にお願いして、コロナ禍の特別なイベント「オンラインデカンショ」のフィナーレを見せてもらうことに。前年に続き、2021年も通常のデカンショ祭は中止となりましたが、伝統の灯火を消してはならないと、ふるさとを愛する市民を巻き込むさまざまな工夫がなされました。

日没前になると、デカンショ館がある「青山歴史村」の前が慌ただしくなり、デカンショ節保存会の地方が演奏準備を始めました。地方は篠笛(しのぶえ)、尺八、太鼓、三味線、唄い手、お囃子から成ります。月に2回行われる練習の成果を発揮できるとあって、みなさんそわそわしながらも楽しそう。

歌と踊りが一体になる祭の醍醐味

篠笛と尺八の澄んだ音色。太鼓のリズムと力強い三味線。それをバックに唄声が聞こえると、商工会青年部の威勢のいい掛け声とともに、編み笠を被った踊り手が大正ロマン館前を出発します。足の方向、開いた手の角度までそろえて、提灯の間を整然と踊り進む姿はなんとも優雅!踊り手たちが篠山城跡三の丸広場へと進む様子は動画サイトで生配信され、丹波篠山市民やふるさとへの帰省を断念した人たちに特に喜ばれました。

後進を育て、変わることを拒まない

提供/デカンショ節保存会
提供/デカンショ節保存会

伝統を100年先までつなぐためには、若い担い手が必要です。ひとつの取り組みとして、デカンショ節保存会は市内各小中学校で「デカンショ楽習」という出張授業をおこなっています。子どもたちは塩ビパイプ製の尺八を吹いてみたり、三味線に触ったりとデカンショ節をより身近に体験する機会を得られます。

また、例年のデカンショ祭では、「ジュニア競演会」が祭の目玉のひとつにもなっているとのこと。篠山小学校を始めとする丹波篠山市の小学校の子どもたちが、学校ごとにそろいの衣装を着て、元気にデカンショを踊るのです。大切に残さなければならないデカンショの肝は変えることなく、新しい風を吹き込みながらデカンショは常に変化しています。

「見物する」から「参加する」へ

三の丸広場のフィナーレでは、散歩中の夫婦、保存会の人の家族、場所が告知されないシークレット花火を探す近所の子どもたちがデカンショ節に合わせて自然に手拍子を打ち、踊り始める姿が見られました。吉田会長の言う通り、デカンショ祭は人に見せるための祭りではなく、みんなで一緒に盛り上がるオープンな祭りなのです。

もう一度リアルなデカンショ祭が楽しめるようになったら、丹波篠山を訪れて、見よう見まねで踊りの輪に飛び込みたい。「オンラインデカンショ」を視聴した多くの人がそんなふうに感じたに違いありません。

施設情報はこちら

施設名
丹波篠山デカンショ館

住所
兵庫県丹波篠山市北新町48

電話番号
079-552-0056

入館時間
9:00~17:00 ※入館は閉館の30分前まで

休館日
月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始(12月25日~1月1日)

※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。

地域ナビゲーター

堀 まどか

近畿支部 翻訳・通訳案内士
堀 まどか

兵庫県生まれ、在住。阪神間の街と海と山の近さがお気に入り。通訳案内士(英語ガイド)として、また、地域と観光を切り口にしたフォトライターとして西日本のおもしろさを伝えています。好奇心さえあれば、地域の魅力をまだまだ発見できるはず。