
岩手県奥州市
2022.04.15
この記事では、日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介します。今回スポットをご紹介いただいたのは、大分県佐伯市で革製品のアトリエを営む「DAISUKE FURUKAWA」の古川大輔さんです。
大分県の南東端にある佐伯(さいき)市は、九州で一番広い面積を持つまち。市街地には江戸時代に佐伯藩を治めた初代藩主の毛利高政(もうりたかまさ)によって拓かれた2万石の城下町が今も残っています。
情緒あるまちで生まれ育った古川大輔さんは、イタリアの牛革を総手縫いでつくる革製品のアトリエ「DAISUKE FURUKAWA」を営んでいます。手作り感と個性をひそめたシンプルなデザインで、使う人の暮らしに合う作品をつくるのが古川さんのこだわり。そんな古川さんが100年後も残したい場所だと教えてくれたのは「続日本名城百選」に選ばれた豊後佐伯城(ぶんごさいきじょう)の城山です。
城山は、大分市街地から高速道路を通って1時間ほどのところにあります。名古屋出身のお殿様である毛利高政(もうりたかまさ)が、慶長11年(1606年)に標高144mの山の上に豊後佐伯城を築きました。幼いころから遠足や学校の授業で城山を訪れたり、友人と探検をしたりと、古川さんにとって年代ごとのいろんな思い出が詰まったタイムカプセルのような場所。古川さんが結婚した時に奥さんのご両親が佐伯に訪れた際にも案内したというから、その思いの強さがうかがえます。
私は佐伯の城下町を何度も歩いたことがあるのですが、城山に登るのは2回目。今回は佐伯市観光協会で「さいき観光ガイドの会」の事務局員を務める古本正男(こもとまさお)さんが案内してくれることになりました。
古本さんは長年東京で暮らし、定年退職後に出身地の佐伯市弥生へ帰郷。第2の人生として観光ガイドをはじめたそう。主にガイドの手配やツアーの受け入れなどを担当しています。
城山のふもとにある城下町散策の拠点「佐伯市城下町観光交流館」を古本さんと出発。道沿いには、明治時代の文豪、国木田独歩(くにきだどっぽ)が下宿した建物を資料館とした「国木田独歩館」や、明治期の政治家でありジャーナリストだった矢野龍渓(やのりゅうけい)の生家跡、豊後佐伯城を束ねた毛利家の菩提寺である養賢寺(ようけんじ)などが点在しています。
この養賢寺から佐伯小学校の先にある大手門跡まで700mほどの通りを「歴史と文学のみち」と呼び、日本の道百選にも選ばれているのだとか。江戸時代の上級武士の屋敷のつくりなどを見て歩くと、時代劇の一場面に紛れ込んだかのような錯覚に陥ってしまったのでした。
佐伯市城下町観光交流館から数分で城山の登り口へ。案内図には4つの城山登山道が記されています。山頂までの所要時間はどれも20~30分程度。今回は「登城の道」と名付けられた、藩政時代に実際に使われた勾配のある登城道を歩くことにしました。
豊後佐伯城は1606年に完成して以降、31年ものあいだを毛利家が山頂で政権を執っていました。2万石の藩にしては規模の大きな城だったらしく、山道に沿って残る石垣の範囲の広さがそのことを物語っています。「2万2千個の石を山の上に運び、4年の歳月をかけて城をつくったそうですよ。当時は今のような道具もありませんから、想像を絶する苦労があったでしょうね」と、当時の人たちの気持ちを古本さんがしみじみと代弁します。
ふと足元を見ると、山道が築城当時に整備された石畳に。顔を上げると頂上が見え、そこにはかつて天守閣を取り囲んでいた立派な石垣がたたずんでいました。
石垣に沿って奥へ進むと、城山屈指の見どころに到着!佐伯市街地と一級河川の番匠(ばんじょう)川、そして佐伯湾と、佐伯市の街並みと豊かな自然が一望でき、海の向こうには四国まで見渡せます。当時は敵の動きがよく見えるようにと切り拓かれたと思われる場所からの眺めは、登山の疲れも吹き飛ぶ絶景。佐伯市が舞台になった映画でも、この景色は外すことのできないロケ地になったそう。
「城下町のお濠の向こうは湿地帯だったんですよ。今も残っている松並木のあるところは本馬場通りといって、昔は馬の練習をしていたそうです」と、地図を見ながら今の佐伯市街地に昔の姿を重ねる古本さんの解説がおもしろい!話を聞きながら、豊後水道の海の幸と、一級河川の水運を活用することを見越してこの地に城を築いたのだろうなと、藩主の政略が想像できます。
一気に攻め込まれないように戦略的につくられた守りの城だったこと、崩れた斜面の復旧のために築かれた階段状の珍しい石垣など、時代とともに移り変わっていった佐伯のストーリーに引き込まれます。
城山を歩いていると、すれ違う人の多さに驚かされます。授業で散策する小学生、頂上で体操をする人、ひなたぼっこをするご老人、おしゃべりが盛り上がる女子たち。「健康のために散歩コースとして朝と夕方の1日2回登る近所の方もいます」と、それが佐伯市民にとって当たり前なんだと言わんばかりに話す古本さん。すれ違うたびにあいさつを交わし、狭い登山道を譲り合うのもなんだか楽しくて、たくさんのふれあいを新鮮に感じたひと時でした。
下山しながら、古本さんにとっての城山の魅力をたずねてみました。「木や花から季節を感じることと、強風でも倒れない強さや年々朽ち果てていくありのままの自然の姿ですね。少し違った楽しみ方であればナイトハイクで夜景や夜行性の動物の観察など、昼間とは違う歩き方もおすすめですよ」とのこと。城山のさまざまな表情と奥深い歴史は、ひとつ調べるとその奥がもっと知りたくなるそうで、それがガイドの醍醐味であり、古本さんのやりがいでもあるのでしょう。
城山の麓に戻り、堂々としたつくりの櫓門(やぐらもん)をくぐって城山散策を締めくくりました。この櫓門は現地に残る遺構としては、九州に4か所ある中で最も古く貴重な文化財なので、ここでの記念撮影もお忘れなく。
プチトレッキングを満喫し、すっと心が整ったような気分。これも城山を何度も登ってしまう理由なのかもしれません。そういえばスポットを紹介してくれた古川さんから「地元の飲み会ではお酒が進んで饒舌になると、みんながそれぞれの城山での思い出を語り出すんです」と言っていたのを思い出しました。昔話に必ず登場する城山は、ふるさと佐伯の象徴であり、自慢でもあり、リフレッシュの場でもある、いつも心に寄り添ってくれる存在なのです。
施設情報はこちら
施設名
佐伯城跡 城山
住所
佐伯市大手町1-1-1
電話番号
0972-23-3400(一般社団法人佐伯市観光協会)
九州支部 ふるさと大分の魅力案内人
牧 亜希子
大分県大分市出身、在住。大分県各地の魅力をデザインや言葉、写真を介して伝えることを生業に長年携わってきました。プランナー・ライターとして自分がいいなと思った直感を信じて「大分ならでは」「大分だからこそ」を表現し、愛するふるさとを編集し続けていきたいです。