愛媛県松山市

市民に愛される松山の象徴と目印、松山城

2022.03.25

この記事では、日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち「ふるさとLOVERS」からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介します。今回、地域の思い入れのあるもの・ことをご紹介いただいたのは、愛媛県松山市で水産物などを扱う「マキノ海産」の専務・槇野洋介さんです。

瀬戸内の幸を届けるマキノ海産の、特別な場所

瀬戸内海に面する愛媛県松山市で、タイやシラスなど瀬戸内の海の幸を加工・販売する「マキノ海産」。専務の槇野洋介(まきの ようすけ/写真右)さんは、ご両親とともに、新鮮な魚介類を干物などにして、全国各地に届けています。

松山市に生まれ育った槇野さんが、このまちで「100年先に残したいもの」とは何だろうと考えて、真っ先に思い浮かんだのは「松山城」。「憩いの場でもある松山城は、暮らしの一部のような親み深い存在です。あたり前にずっとこのまちにある松山城がこの先もずっと存在してほしい」とその理由を語ります。城下町の象徴であり、名城として知られる「松山城」を、今回は改めてご紹介します。

JR 松山駅から歩いて20分ほどの場所にある松山城は、高さ132メートルの平山城(ひらやまじろ)。山頂に「本丸」を、その麓に「二之丸」、そして「三之丸」(堀之内)を築く、広大な城構えです。現在は「本丸」が一般公開され、「二之丸」は史跡庭園に、「三之丸」は公園として整備され、市民の憩いの場になっています。

松山城を案内してくれるのは、松山市役所の佐田修一郎さん。佐田さんは通算10年以上、城を案内しながら、市民と城をつなぐ仕掛けをしてきた方です。「つぶさに観てみると、人間の叡智が詰まった、つくり手の思いが伝わってくる城ですよ。さっそく行ってみましょう!」

攻められることはなかった、攻めにくい城

本丸へは、東雲口駅舎から、リフトかロープウェイを使って登ります。下車して歩いてまもなく、ぐんと天に向かってそそり立つ立派な石垣が見えてきます。

そもそも、松山城の築城に関わったのは、城攻めの経験が豊富だった戦国武将・加藤嘉明(よしあき)。当時の名手によって練られ、思考を張り巡らせた城は、敵を欺くための石垣や門など、さまざまな防衛線がはられ、「攻めにくい城」と評されています。

ただ、本当に難攻不落だったのかは、永遠に証明されないまま。というのも、一度も攻められた記録がないのです。「実際に土佐や長州から攻められそうになったとき、殿様が蟄居(ちっきょ)して“戦わない道”を選びました。どんな計らいがあったのかはわかりませんが、無駄に血を流すことなくその時代を乗り越えました」と、佐田さん。

松山城の天守は、全国的にも数えるほどしかない、江戸時代以前に建てられた「現存12天守」。現在も国の重要文化財21棟を含む建造物51棟が立ち並び、当時の姿を伝えています。もしここを舞台に戦があったのなら、城のいまの姿もこのまちの姿も違っていたかもしれない……。のんびり穏やかな気質の、なんともこの土地らしいエピソードは、本丸から見渡す景色の尊さを教えてくれます。

「ミシュラン」も認めた、天守最上階からの見晴らし

「本丸まできたら、ぜひ天守まで観覧してくださいね」。佐田さんの案内のもと、天守に入り、びっくりするような急勾配の階段を登り、展示物を観つつ、最上階へ。そこで待ち受けるのは、まちと瀬戸内海と空の青が描く大パノラマです。

佐田さんはおもむろに地図を開き、双眼鏡を取り出しました。「遠くの船の動きがわかるでしょう?天候によっては広島・呉や山口・周防大島まで見えるんですよ。江戸時代、ここからの眺めがいろんなことに役立ったことが想像つきますよね」。この眺望は、「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」で星を獲得したほど。まち並み、そして海や山の自然を見渡せば、松山が自然豊かな県庁所在地であることも一目瞭然です。

市民にとって、城という名の“地上の星”

はるかかなたまで見渡せるのなら、逆に言えば、離れている場所からも松山城を見つけやすいということ。道後平野にある松山市は、ほぼ平地のため、高いものといえばこの松山城ぐらいです。そういえば、推薦者の槇野さんも「松山城を探せば自分がどのあたりにいるか分かる。位置把握の役割もあるんです」と話していました。

その役割をさらに発揮するのは、夜です。闇夜に浮かび上がる城郭はまるで“地上の星”のよう。松山城をライトアップする光のLED化の事業は、佐田さんも関わっています。「平成の大改修」にも携わり、天守の屋根の葺き替えのとき、瓦の裏に、市民の名前などを入れるキャンペーンも計画、実施。現在も、松山城を親しんでもらうイベントなどを企画しています。「郷土の象徴的な建物が、次の世代にまで人々の話題になって、語り継がれていく。これこそまちの宝だと思っています」と、別れ際に語ってくれました。

200本の桜が彩る松山城。ハレもケも市民とともに

槇野さんが、城の思い出に挙げていたのが「お花見」。名実ともに松山のランドマークである松山城は、四国有数の桜の名所でもあるんです。早咲きのツバキカンザクラからオオシマザクラまで、およそ200本の桜が城内に息づいています。なかでも本丸の桜景色は圧巻。ソメイヨシノが一斉に花開き、モノトーンの天守と織りなす優雅なうつくしさは、何度見ても胸を打ちます。

花見のシーズンは地元民も観光客も混じって、桜を愛でる宴が繰り広げられてきました。「学生の頃とかよく友だちとお花見をしていました。またいつか、みんなでお花見をしたいですね」と、懐かしむ槇野さん。お花見をしたり、散歩をしたりと、松山で暮らす人たちにとって松山城はとても身近な存在です。だからこそ、時代を超えてもずっとまちに愛され、また、このまちを見守りつづけていくのでしょう。

施設情報はこちら

(スポット名)
松山城

(住所)
愛媛県松山市丸之内1

(電話)
089-921-4873(松山城総合事務所)


営業時間:天守 9:00〜16:30(札止め16:00)季節により変動あり
リフト・ロープウェイ8:30〜17:00季節により変動あり

無休

地域ナビゲーター

ハタノエリ

四国支部 ライター・エディター
ハタノエリ

宮崎県の海のそばで生まれ育ち、高校卒業後は大学、仕事、夫の転勤を理由に
全国各地10カ所以上で暮らしました。2017年、愛媛県松山市に移住。現在は、ライター、エディター、コピーライターとして、取材対象の言外からあふれるものを拾いながら、ひと・もの・ことを、ことばで表現しています。