兵庫県豊岡市

挑戦する心と姿勢を学ぶ冒険家の“聖地”

2022.02.09

日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、兵庫県豊岡市にある中田工芸株式会社の中田修平さんに、「植村直己冒険館」をおすすめいただきました。

故郷で受け継がれるチャレンジ精神

冒険家・植村直己(うえむらなおみ)。私が幼い頃テレビを通して見ていたその人は、人懐っこく、優しそうな顔で笑っていて、それでいて「世界五大陸の最高峰に登頂」「北極圏で12000キロの犬ゾリ行」というような、想像もできない厳しい冒険を成し遂げたすごい人。そんな風に記憶しています。

だから、1984年2月に世界で初めてマッキンリー(北米最高峰の山)の冬期単独登頂を果たした後、消息がわからなくなったというニュースは、子どもながらにショックを受けました。それから約40年の年月が流れようとしていますが、植村直己のチャレンジを大切にする心は、彼の故郷にたつ植村直己冒険館で今も受け継がれています。

この植村直己冒険館を100年先に残したいと語るのは、兵庫県豊岡市の木製ハンガーメーカーである中田工芸株式会社の中田修平さん。「同じ日高町出身で世界の頂を目指した冒険家、植村直己の偉業と“人となり”を知ることができる場所です。植村氏の足跡を辿ることで、冒険に対する姿勢を学び、『自分自身に挑戦し続ける人』や『夢にチャレンジする人』を応援してくれます」というのが、その理由です。

自然豊かな豊岡市日高町に溶け込む冒険館

兵庫県北部、但馬地域にある、田畑と山に囲まれた兵庫県豊岡市日高町。1941年、植村直己はここに7人兄弟の末っ子として生まれました。植村直己冒険館へは、JR山陰本線の江原駅からバスに乗りかえて10分ほど。道路沿いに看板がありますが、それらしき建物が見当たりません。あるのは入り口を示す矢印だけ。その先はゆるやかに下る細い通路がのびています。

細く伸びた通路の先に待つ冒険家の笑顔

「ここはクレバス(氷河や雪渓の割れ目)をイメージしているんです」と教えてくれたのは、植村直己冒険館統括責任者の宇都宮岳尚(うつのみやたけなお)さん。なるほど!見上げると隙間から空が。クレバスに落ちるとこんな景色が見えるのでしょうか……。ちょっと怖い気もしますが、これも“体験”の一部。

「植村直己さんはクレバスに落ちたことがあるんですよ。その時は運よく助かりました。それ以来、落下防止のために、日本の長い竹を腰につけていたそうです」

通路の先は冒険館の受付。満面の笑みをたたえた植村さんの写真が出迎えてくれます。

偉業だけではなく、人柄も知ってほしい

この植村直己冒険館は、1994年にオープンしました。もともとは植村さんが成し遂げた冒険の数々を紹介する展示がメインでしたが、2021年4月にリニューアルオープンするにあたり、展示内容も大幅に変更されたと言います。

「植村さんが遭難して40年が経過し、その存在を知らない人も増えてきました。どんな冒険をしたのかだけではなく、植村さんの生い立ちから消息を絶つまでの全て、想いや人柄も伝えていきたいと思っています」

展示スペースを見てみると、氷河の上を歩く写真のほか、実際に着用した衣服や靴などの装備品、北極圏を犬ゾリで冒険したときのテントや犬ゾリのレプリカも展示されています。1970〜80年代のことですから、現代よりも情報も得にくく、便利な道具もない時代です。「本当にこんなことができたの?!」と驚くばかり。ですが惹かれるのはそれだけではありません。現地の人と談笑していたり、ともに暮らしている写真も。

その地の食べ物をその地の食べ方で食すなど、先住民を尊敬し、学ぶ姿勢を持ち続けたことも植村さんの素晴らしさだと宇都宮さんは言います。「植村さんは“共に生きる”ことを大切にしていました。どこの国に行っても、現地の人たちを尊敬し、歴史、文化、気候などを学び、信頼する心を持った人でした。生活の中から冒険に必要なことを教えてもらうんです。自然を征服するのではなく、自然に逆らわずに進むことを考えていたそうです」

夢中になって遊ぶことで、生きる力をつける

今年のリニューアルオープンで増設された「どんぐりbase」も、チャレンジを大切にする植村スピリッツを受け継いでほしいとできた施設。円型の建物のなかには、山の形をした巨大なネット「ホワイトあみあみマウンテン5ピークス」のほか、ボルダリングなど体を使って遊べる遊具が設置されています。

「ネット遊具は不安定ななかで平衡感覚を養うことができるのですが、子どもはのめり込むようにずっと遊んでいますよ。遊びに夢中になれるということも大切なんです。いろいろな経験・体験を通して、チャレンジする意欲を高めたり、子どもの生きる力を高めていきたいと思っています」

館内や外の森で宿泊体験ができ「ぼうけんステイプラン」も好評。自然に囲まれて、思いっきり体を動かしながら、やってみたいと思うことに挑戦する。日高町で生まれ育った植村さんの原点に触れるような体験になりそうです。

実直な但馬人気質と笑顔で通じ合う

植村さんのあたたかな人柄は、館内に展示されている笑顔の写真からも伝わってきます。
「冒険家が植村さんにアドバイスを求めに来ることもあったそうで、そんなときは『極地に行ったらこうだよ』『地図はこうだよ』という言葉のほか、最後に『誰と話をする時でも、相手の目を見て一生懸命話しなさい』『自分の言いたいことを一生懸命伝えなさい』と言っていたそうです。そして分かってくれたならニコッと笑うようにとも。その笑顔で相手と通じあうんですね」

柔和で誠実で、友情に厚い。これは但馬の人の特徴なのだとか。「辛抱強く、意志が強く、正直な人を“但馬牛のようだ”と褒めるんです。この地域では昔から但馬牛を家族同然に育ててきました。決して口数は多くないけれど、人に優しく、親切で控えめでありながら実行力に富んでいるのが但馬人気質です。植村さんもまさに但馬人らしい人だったと思います」と宇都宮さんは語りました。

誰の人生にも“冒険”はある

やってみたいと心に生じた想いに正直に努力し、人との関係性を築きながら成し遂げてきたのが植村直己という冒険家の姿なのだと感じました。“冒険“と報道されるような大きなチャレンジではなくても、身の回りにはたくさん挑戦はあります。

「冒険に対する姿勢を学べる」と言った紹介者の中田さんも、植村直己の生き方に刺激を受けて、たくさんのチャレンジを重ねてきた一人なのでしょう。自分にはできないと思いこんだり、面倒だからと簡単な道を選んだり……。ついついそんな毎日を送っている私にも、心を奮い立たせて、前を向くヒントが詰まった植村直己冒険館でした。あきらめてしまう前に何かできることはないかなと、もう一度考えてみては?と、日高町から植村さんが世界中に向かって笑っているようです。

施設情報はこちら

施設名
植村直己冒険館

住所
兵庫県豊岡市日高町伊府785

電話番号
0796-44-1515

営業時間
 9:00~17:00 (最終入館16:30)

休業日
水曜日 (祝日の場合は翌日休)、12/29~1/3

※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。

地域ナビゲーター

文と編集の杜

近畿支部 企画・編集・ライティング
文と編集の杜

京都、二条城の近くに事務所を構える「文と編集の杜」。福岡県出身で、高知県、静岡県と全国を点々としてきた瓜生朋美が設立した編集・ライティング事務所です。関西を中心に、歴史、グルメ、インタビューと、幅広く取材・記事執筆を手掛け、地域のさまざまな魅力を発信中。