愛知県半田市

児童文学作家・新美南吉の物語が息づくまち

2022.02.17

日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、中部地方地域ナビゲーター・小澤志穂さんご自身の「100年先に残したいもの」をご紹介します。それは、愛知県半田市の「児童文学作家・新美南吉の物語が息づくまち」です。

多くの人の心に刻まれる童話「ごんぎつね」

国語の教科書や絵本で慣れ親しまれている「ごんぎつね」。両親のいないいたずら好きの小狐“ごん”の物語は、多くの人が子ども心に「大切な人を失う悲しさ」や「人を思いやる心」を学んだのではないでしょうか。この物語は、児童文学作家の新美南吉(本名:新美正八)が、出生地である愛知県半田市を舞台に執筆したものです。

知多半島の中央部に位置する半田市は、江⼾時代から醸造業や海運業などで栄えたまち。学生時代に半田で暮らし、今でも年に数回はまちを散策する、ふるさとLOVERS中部地方地域ナビゲーターの小澤志穂が、半田市で「100年先に残したいもの」と思いを寄せるのが、「児童文学作家・新美南吉の物語が息づくまち」です。南吉の世界観に触れたり、物語の世界を実際に表現した景色に出会えたりする場所が点在する半田市。幼いころから南吉の作品が大好きだった私にとって、このまちには、いつまででも残っていてほしい風景があります。

南吉は、大正2年に現在の半田市である知多郡半田町に生まれました。幼くして母を亡くし、養子に出されるなど寂しい子ども時代を送り、初めての童話集を出した翌年に29歳という短い生涯を閉じました。しかし、その短い生涯に代表作「ごんぎつね」「手袋を買いに」「でんでんむしのかなしみ」など、今なお多くの人に親しまれる物語を残しています。

新美南吉文学の世界を訪ね、愛知県半田市へ

新美南吉の軌跡をたどるためにまず訪れたのは、半田市にある「新美南吉記念館」。新美南吉の功績を讃え、より多くの人に知ってもらうことを目的に、平成6年に半田市によって設立されました。芝生に覆われた波打つ屋根の美しい建物と隣接する小さな森、その横を流れる小川は市民の憩いの場としても親しまれています。

きれいに手入れをされた芝生を横切り、館内に入ると、代表作「ごんぎつね」のジオラマや、作者の自筆原稿、日記・手紙などが展示されており、まるで絵本の中のような世界が広がっていました。

館内をめぐり南吉文学の世界観にひたりながら、ふと湧いてきたのが「数多くいる児童文学作家の中で、なぜ南吉の作品がこんなにも多くの人に愛され続けているのか」という疑問です。「ごんぎつねは昭和31年に小学校4年生の国語の教科書に初めて載り、昭和55年にはどの教科書にも採用され、現在に至ります。日本人のおそよ2人に1人が読んだことのある物語は、なかなかありません」と館長の遠山光嗣(とおやまこうじ)さんは言います。

私自身も、時折読み返したくなる新美南吉の作品たち。ここへ来て一層、物語の描写一つひとつにどんな意味が込められているのか思いを馳せるようになりました。

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施設名
新美南吉記念館
住所
愛知県半田市岩滑西町1-10-1
電話番号
0569-26-4888
営業時間
9:30〜17:30
休業日
毎週月曜日・毎月第2火曜日(祝日または振替休日のときは開館し、その次の開館日が休館になります)・年末年始

※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。

約300万本の彼岸花が一面に咲き誇る矢勝川

愛知県半田市には南吉の物語をもとに、“市民が作った”風景もあります。物語に出てくる風景を後世に残そうと活動しているのが、「矢勝川(やかちがわ)の彼岸花を守る会」。写真は新美南吉記念館の目の前を流れる矢勝川です。毎年9月下旬になると、300万本以上の彼岸花が辺り一面を埋め尽くし、幻想的な風景が広がります。この景色を一目見ようと、シーズン中は、多くの観光客でにぎわいます。

守る会の現会長である野口恒雄さんが「子どもの頃に南吉と遊んだ経験がある小栗大造さん(当時・新美南吉顕彰会広報部長)の発案で、平成2年に彼岸花の球根を植栽したのがはじまりです」と教えてくれました。こちらは童話「ごんぎつね」に出てくる一節“ひがん花が、赤い布きれのようにさきつづいて”いる、の描写にちなんだ計画だそうです。

ボランティア活動で現在の群生地に広がった

もともと、彼岸花は日陰でひっそりと咲き、球根から少しずつ増えていく花。最初は小栗さん1人からははじまった活動でした。徐々に地元内外の人たちも参加し、守る会の活動を知った近所の人が自宅の球根を持ち寄ることもあったそうです。多くの人の手で整備され、現在では矢勝川堤の全長約1.5kmが、彼岸花の群生地となりました。

彼岸花の咲く時期以外にも、球根の補植や草刈りなど、土日祝日・夏期・お正月を除いて1年中なにかしらの作業をしているのだとか。現在(2021年9月)、守る会のメンバーは平均年齢82歳、最高齢は86歳とご高齢の方が中心で、メンバー以外には地元の保育園や小学校、企業なども地域活動に参加したいと作業を手伝ってくれるそうです。

「私も小栗さんに誘われて活動に参加したひとり。たくさんの人が訪れてくれるようになった景観をこれからも守っていきたい」と野口会長。私自身、毎年楽しみにしている矢勝川の風景が、このように、人の手で守られていることを初めて知りました。

多くの人の手で守り続ける童話の世界

300万本以上の彼岸花で埋め尽くされる矢勝川堤。この景観ができあがるまでには、数々のドラマがあり、決して平坦なものではありませんでした。毎年、秋になると一面の赤い絨毯になるこの場所を見渡すと、新美南吉とこのまちを愛する人々の思いが伝わってくるようです。

南吉の物語が息づくまち、愛知県半田市。童話の中で描かれたまちの風景は、これからも多くの人の手で守られ、愛され続けていくことでしょう。

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施設名
矢勝川の彼岸花

住所
愛知県半田市岩滑西町5丁目21−3

問い合わせ
0569-32-3264(半田市観光協会)※観光案内のみ

※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。

地域ナビゲーター

小澤 志穂

中部地方 地域ナビゲーター
小澤 志穂

愛知県豊橋市生まれ・在住。趣味の旅行をきっかけにライターとして東海地域のおもしろさを発信しています。ガイドブックには載っていない、ローカルなグルメや絶景スポットを訪れるたびに「また行きたい」とその町の良さを再発見します。そんな地域の魅力をお伝えしていきたいです。