宮城県気仙沼市

復興のランドマーク。命をつなぐ2つの橋

2021.11.27

日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介するコーナー。今回は、宮城県気仙沼市にある老舗製麺所「丸光製麺」熊谷敬子さんに、震災復興に関わった二つの橋「気仙沼湾横断橋」「気仙沼大島大橋」をおすすめいただきました。

被災した気仙沼で復興のシンボルとなる二つの橋

2011年3月11日に発生した東日本大震災による大津波で甚大な被害が出た宮城県気仙沼市。そんな気仙沼市で1958年に創業し、市民に愛されていた老舗製麺所「丸光製麺」も震災により被害を受けました。事務所・工場が流出し、廃業も考えたなか、市民や全国からの応援により隣町の岩手県一関市で製麺を再開。「いつか故郷の気仙沼で工場再建を!」の想いで麺を作り続けています。

そんな丸光製麺の熊谷敬子さんが復興した故郷のなかでも、100年先まで残したいと語ってくれたのが、今回紹介する「気仙沼湾横断橋」と「気仙沼大島大橋」という二つの橋です。「ドライブしながら見渡す景色は本当に圧巻。ここは本当に気仙沼なのか?って思っちゃうくらい。気仙沼のレインボーブリッジとベイブリッジと呼んでいるんですよ(笑)」と教えてくれました。

東北最大の有人島・大島にかかった「命綱」としての橋

気仙沼湾のなかにぽっかりと浮かぶように、約2500名が暮らす東北地方最大の有人島である大島があります。そこに2019年4月7日、東北初の離島架橋となる気仙沼大島大橋が開通しました。

「とにかく橋ができて島の生活が丸っきり変わった。24時間いつでも、どんなときでも本土に行くことができる。それは私たち大島住民が半世紀もの間、待ち望んだことなんです」と話すのは気仙沼大島観光協会会長の菊田強さん。

橋ができる以前、大島の住民にとって本土との交通手段は船以外ありませんでした。日中の定期船フェリーの運行が終わると、夜は臨時連絡船が唯一の交通手段。仕事で帰りが遅くなった人、冠婚葬祭、急病人、お産のため。どんなに急を要する状況にあっても、台風などの日は船を出すことができずに島と本土の交通手段が断たれてしまうことも多くありました。

「急病で本土の病院まで時間がかかって亡くなってしまったり、入院している家族の最期に間に合わなかったり。とにかく橋がかかることを待ち望んでいたんです」

そんななか発生した東日本大震災。本土と大島をつないでいた定期船は津波で陸に打ち上げられ、大島は孤立。文字通り「孤島」となり、孤立無援のまま過酷な日々を強いられていました。この東日本大震災による被害が、「命綱としての橋」の必要性を浮き彫りにさせたのです。

そして、復興のシンボルとして2013年に架橋事業が本格的にスタート。翌年には着工となり、2019年4月、遂に「悲願の橋」が架かると島民は歓喜。本土側の鶴ヶ浦地区から大島側の亀山のふもとにかかる橋は「鶴亀大橋」という愛称で親しまれ、利便性が向上しただけではなく「命の橋」としてなくてはならない存在となっています。

橋から望むリアス海岸の絶景

美しいアーチ状の橋は気仙沼市内の高台や海沿いから見ることができ、復興のランドマーク的な存在です。気仙沼港や新たな商業施設が立ち並ぶ気仙沼の中心部・内湾地区から車で10分ほど。ドライブしながらも絶景を楽しむことができますが、おすすめは橋の両側にある駐車場に車を停めて歩いて橋上から眺めること。展望デッキや歩道も整備されているので散策するのも安心です。

三陸復興国立公園にも指定されている、気仙沼の小さな湾が入り組むリアス式海岸ならではの景色は圧巻のひと言。眼下には牡蠣棚が広がっていて気仙沼の暮らしの一端を垣間見ることができるのもポイントですね。

スラッと伸びる直線美が特徴の「気仙沼湾横断橋」

そして2021年3月6日。気仙沼の復興のランドマークとなるもう一つの橋が開通しました。東日本大震災の復興道路である三陸沿岸道路の「気仙沼港IC」と「浦島大島IC」をつなぐ「気仙沼湾横断橋」です。横断橋の海上部分の長さは680メートル。海面から115Mの高さの主塔から延びた鋼のケーブルで道路をつり支える斜張橋としては、青森市にある青森ベイブリッジを抜き東北最長です。

大島大橋がアーチ状の曲線美が特徴である一方、気仙沼湾横断橋はすらっと伸びる「直線美」。その姿に思わず「かっこいい…」と声を出してしまいます。「設計する上で意識したのは、復興する気仙沼市の新たなランドマークとなり、豊かな海や森といった自然と調和するデザインでした」と仙台河川国道事務所設計課長の千田徹也さんは話します。

ライトアップで魅力倍増

気仙沼湾横断橋は地域住民からの公募で「かなえおおはし」と親しみを込めて呼ばれています。気仙沼湾の別名「鼎(かなえ)が浦」と、「夢・願い・希望を叶える」の両方の意味が込められ名付けられました。この愛称には千田さんも「気仙沼市民の橋にかける想いが伝わり感動した」と目を細めます。

何よりも注目が集まるのは、丸光製麺の熊谷さんも絶賛していた見事なライトアップ。夜空に真っ直ぐに浮かび上がる主塔。斜張橋ならではのケーブルも美しさが一層引き立っています。この美しさを市民や観光客にゆっくりと楽しんでいただこうと、気仙沼市内の蜂ヶ崎にある防潮堤には「気仙沼湾横断橋展望スポット」と名付けられた展望台の整備も。橋の奥には大島大橋、そして反対側には気仙沼魚市場があり、漁船の係留風景も見ることができます。

海の町ならではの粋な隠しメッセージ

「かなえおおはし」には普段私たちが目にすることのない場所に「メッセージ」が隠されています。国内でも屈指の漁港である気仙沼港は、世界中から大型の漁船も多く往来する場所。そんな船員に向けたメッセージが橋の桁下に隠されているのです。

それは、「貴船の入港を歓迎する」と「貴船の安全航海を祈る」を意味する国際信号旗。実はこの旗は当初設計では予定になく、建設中に気仙沼市からの要望があって取り付けたそう。海と共に生きる町ならではの、なんとも粋な“おもてなし”の形なのかもしれません。

100年先も震災の経験と教訓を伝えていく

「鶴亀大橋」も「かなえおおはし」も東日本大震災からの復興を支えるために整備された橋。そして二つの橋とも共通で耐震構造や津波への備えなど「100年耐える工夫」がされています。

利便性や観光振興だけではなく、未曾有の大震災から復興を遂げる町の「ランドマーク」として。さらに災害や緊急時医療の「命をつなぐ橋」として。二つの橋は気仙沼に住む人々の未来への架け橋となることでしょう。

そして、100年先もこの橋があり続けることによって「あの時」のことを次の世代へとつないでいくのかもしれません。「もう二度とこんな悲劇を繰り返さない」ためにも。

施設情報はこちら

①施設名
気仙沼大島大橋(通称:鶴亀大橋)

住所
宮城県気仙沼市三ノ浜〜磯草地内



②施設名2
気仙沼湾横断橋(通称:かなえおおはし)

ライトアップ時間
日没〜22時まで

住所
宮城県気仙沼市小々汐地区~朝日地区

地域ナビゲーター

浅野 拓也

東北支部 地域ナビゲーター
浅野 拓也

宮城県南三陸町在住。埼玉県で生まれ育って、中東やアフリカを旅していたら、東北の港町に移り住んでいました。震災で多くを失った人たちが、前を向いてポジティブに歩みを進める姿のとりこに。そんなチャレンジャーたちの「しなやかな力強さ」をお伝えしていきたいです。