
岩手県奥州市
2021.10.12
この記事では、日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介します。今回は、熊本県阿蘇市で、自然栽培と独自のアプローチを組み合わせた「スパルタ農法」で米づくりを行う、「アグリテック保久土(ほくと)」中山北斗さんの、阿蘇市の100年先に残したいものです。
熊本県内屈指の観光地として知られる阿蘇。その魅力は、なんといってもここでしか出合えない雄大な自然美です。生命力みなぎる自然と澄んだ空気、湧水など、自然の恵みと共存する街並みを見渡せば、人も作物ものびのびと育まれていることが感じられます。この牧歌的な風景に身を置くだけで、不思議と心が洗われる気がします。
阿蘇の地で独自の農法を究め、ギネスブックにもその名前を刻んだのが、「アグリテック保久土(ほくと)」の中山北斗(ほくと)さんです。北斗さんは、2016年に開催された米の国際コンクール「食味鑑定コンクール」で、初出展にして最高位の金賞を受賞。その後も5年連続金賞受賞を果たした異例の経歴の持ち主です。
そんな北斗さんが「100年先も残したいもの」は、師匠であり、父親の中山美智也さんが半世紀を費やし、編み出した“スパルタ農法”。アグリテック保久土では、化学農薬や肥料を一切使わない自然栽培をベースに、強い苗を育むための独自のアプローチ“スパルタ農法”を実践し、お米を栽培しています。
そもそも、中山さん親子の屋号である「アグリテック保久土」の由来は、父・美智也さんが“地球(土)を永久に(久)守る(保)”という願いを込めて付けたもの。
「父は昭和50年代に、無農薬米の栽培に乗り出します。『農家として自分の子どもに何をしてあげられるか』と考えた結果、豊かな阿蘇の自然を守り継ぐ農業をすることだと気づいたそうです」。その先に生まれたスパルタ農法は、既存の米作りのセオリーとは一線を画す手法。どんな米作りなのでしょうか。
まずスパルタ農法の前提として大切なポイントが、稲を育む土づくりです。「除草剤はもちろんのこと、肥料や農薬、動物性・植物性堆肥までも一切使用していません。田んぼに“外部のもの”を入れず、田んぼで採れた稲わらや米ぬかなどを田んぼに返し、土づくりを行っています」
稲わらや米ぬかを田んぼに戻す時も、発酵させることなくそのまま戻すことで、土の中に住む良質な微生物が活発に活動。菌が分解されて良土ができるのだといいます。そんな中山さん親子の田んぼの土は、踏んでもスポンジのようにふかふかです。
その先に、スパルタ農法があります。「おいしいお米を作るには、強い苗を育むことがもっとも重要なんです。 “苗の体幹を強くする”ことで、お米本来の持ち味を最大限に引き出しています」と北斗さん。
例えば、種もみ(種にするお米)は、前年の稲刈りの際に、出来の良い稲を選別し、自家採取。その種もみを保管するとき、あえて寒さの厳しい場所に置き、生命力を強くしているのだとか。
もっとも重視するのが、育苗です。あえて厳しい環境に晒す露地栽培を採用し、通常の2倍の時間をかけて育苗に取り組んでいます。ある程度まで育った苗は、重いローラーで踏みつけ、水分量も枯れる寸前まで調整するなど、その課程は文字通り「スパルタ」。その厳しさで、せっかくの苗がダメになることもあるそうですが、厳しい環境下に置かれても生き残った苗こそ、強い生命力を宿すという確信は、揺らぐことはありません。
「父に習って、この農法と向き合う中で、改めてスパルタ農法の独自性の高さを実感しています」。そう想いを口にする北斗さん。人も自然も困難なことがあっても、それを自分の力で乗り越えると強くなるもの。中山さん親子が育て上げた田んぼの稲は、収穫の時期に毎年やってくる台風に見舞われたとしても、凛とした姿で立ち続けているそうです。
そうして出来上がったお米を早速いただくと、ふたを開けた瞬間に立ち昇る、芳醇なお米の香りが食欲をそそります。粒立ちがよく、ツヤツヤした輝きを放つお米を、一口頬張れば、ふっくらとしたみずみずしい食感と、お米本来の旨味と優しい甘味が口の中いっぱいに広がります。
インターネットのない時代に、美智也さんが書店や図書館に足繁く通い、知識を拾い集めては、トライ&エラーを繰り返す過程は、手探り状態であったはず。半世紀かけて編み出した農法を引き継ぎ、今では師匠の父をしのぐ勢いで、北斗さんはスパルタ農法の米作りに邁進しています。
阿蘇の豊かな自然の後押しを受けながら、人と農法と、三位一体となって、エネルギーに満ち溢れたお米を育む中山さん親子。その活動の背景には、故郷の土の“あるべき姿”を守り継いでいきたいという想いがあります。
およそ千年の時を超えてつむがれてきた阿蘇の豊かな自然。その尊さを知る北斗さんが実践する農法は、ここから100年先、1000年先も阿蘇の自然とともに生きていくことへの決意表明のようです。
「農業の世界では、僕は若手です。同世代の農業従事者も少ない現状がありますが、自分の周りの友人たちと作物を育てて、農業の仲間を増やしています。次世代にも農業のやりがいや自然と向き合うおもしろさが伝わるように、農業体験やイベントを企画して、農業の魅力を広める活動に取り組んで行きたいですね」。阿蘇の土を守る「スパルタ農法」は、未来に向かって阿蘇の農業の更なる可能性を拓いていくことでしょう。
施設情報はこちら
施設名:アグリテック保久土
住所:熊本県阿蘇市竹原475
TEL 0967-34-1180
九州支部 地域ナビゲーター
中城 明日香
熊本県熊本市在住の編集者・ライター。
“毎瞬”を楽しむ姿勢で、自然、暮らし、農業、教育、観光、ファッション、アートなど、幅広いジャンルの記事を手がけています。取材対象者の声に丁寧に耳を傾け、それぞれの歓びに寄り添う文章を紡ぎます。