兵庫県丹波篠山市

牛飼いの愛情が詰まった「丹波篠山牛」

2021.05.24

この記事では、日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介します。
今回「100年先に残したいもの」ご紹介いただいたのは、昨年テレビ番組でも特集された兵庫県丹波篠山市で精肉店「肉の東門」を営む東門昭喜さんです。

城下町の風情が残る内陸の里山で

兵庫県中東部、周囲を山々で囲まれた篠山盆地のほぼ中央。篠山城のすぐ南にある精肉店「肉の東門」には、今日もおいしい牛肉目当ての客が集まってきます。地元の人はもちろん、阪神間や遠くは三重県からも訪れる人がいるというこの店で扱うのは上質の黒毛和牛です。

地域ブランド牛「丹波篠山牛」は但馬牛でもある

代表の東門昭喜(とうもん あきよし)さんは、肉を仕入れ、切り分けて販売する町のお肉屋さんでありながら、実は店舗近くの牛舎で肉牛を育てる「牛飼い」でもあります。
東門さんがこの地で100年先に残したいと語るのが、自身も育てる地域ブランド牛の「丹波篠山牛」。自然環境に恵まれた丹波篠山で、市内の肥育農家が兵庫県産但馬牛(たじまうし)の子牛にJA丹波ささやまオリジナル飼料「ささやま21」を与え、手塩にかけて育て上げた高級牛肉です。

丹波篠山牛は但馬牛の血統を持つため、但馬牛(たじまぎゅう)と呼ぶこともできます。そのなかでも肉質、霜降り、枝肉重量などの厳格な基準をクリアすれば、「神戸ビーフ」の称号も与えられます。しかし、昼夜の寒暖差が大きいこの地で育った牛の肉をあえて「丹波篠山牛」と呼ぶのは、丹波篠山の畜産農家の先人たちが引き継いできた技術と、肉のおいしさを追求する姿勢を守り、最高の牛肉を待っている人に届け続けたいから。

牛肉にはうるさい丹波篠山市民

海が遠い篠山では牛肉の消費が盛んで、地域ブランド牛として認証されるずっと前から、篠山の家庭の食卓には丹波篠山牛が並んできました。東門さんいわく「肉と米がおいしくなかったら、篠山の人は黙っていない」のだそう。豊かな自然の恵みと農家の高い技術のおかげで特に舌が肥えた篠山地域の人たちが、「おいしい」とお墨付きを与えるのが丹波篠山牛なのです。

繁殖農家の “よっちゃん” を訪ねて

丹波篠山牛をもっと知りたいという私に東門さんは「それやったら、よっちゃんに聞くしかないな」。よっちゃん、こと肉牛生産者の木村善孝(きむら よしたか)さんの牛舎は田畑を見下ろす小高い丘に建っています。木村さんは「友達や」と笑いますが、小学4年生から父・祖父を手伝って牛を世話してきた東門さんにとって、父と同世代の木村さんは師匠のような存在です。

広々として風通しの良い木村さんの牛舎の中では、約120頭の牛が育てられています。さらに一段高台にある別の牛舎には、母牛と子牛が合わせて22頭。木村さんは、市内でも数少ない、母牛に子牛を産ませる「繁殖」から取り組む農家です。
生後3週間にも満たない子牛がミルクを飲む姿は愛らしく、木村さんも目を細めます。

かつて社会人野球チームでセカンドを守っていた木村さん。退社して野球をやめたとき、Uターンで篠山に戻り、牛飼いになることを決めたといいます。きっかけはNHKの朝の番組でした。「『明るい農村』いうのがあったんや。信州のマイナス12度の山奥で牛のお産をさせてるのを見て、すごいもんやと思って」。
とはいえ、当時はまだ和牛の肥育が一般的ではありませんでした。番組を見た木村さんは、県内で畜産が特に盛んな淡路に研修に趣き、その後、篠山で牛を飼って50年になります。

肉のおいしさを求めて配合したJAオリジナル飼料

現在、市内には丹波篠山牛の肉牛が全部で600頭ほど飼育されています。他県産の牛に比べ、兵庫県産の肉牛は大きくなるのもサシが入るのも遅く、出荷までの期間が長いのだそう。月齢を重ねるなかで追求するのは、体の大きさや極端な霜降りではありません。「僕らは味にこだわってる。食べてうまい、おいしい牛肉をとにかく求めて、餌を研究したね」。
木村さんは10年かけて配合飼料を改良し「ささやま21」を完成させます。いまではJA丹波ささやま指定のその配合飼料の給与が、丹波篠山牛の条件になっています。地域で餌を統一するということは、他のブランド牛にはない特徴です。研究に10年かかったと聞けば長いようですが、子牛の購入から出荷までを約2年とすると、餌を試して結果を検証する過程が5回しかありません。「牛は結果が出るのに時間がかかる。そのなかで、リピーターがつくような肉を作らないといけない」。

牛も人間と同じでそれぞれに個性を持っています。「なでてくれって頭出してくるのもいるよ。名前を呼んだら出てくるのもいる。特にここで生まれたのは懐っこいから、出荷のときに思わずうるっとすることもあるね。でも、ペットにしてしまったらあかん」

愛情を持って毎朝晩餌をやり、磨きをかけた肥育技術を活かして育て上げた牛は丹波篠山牛という食品として、私たちの食卓に上ります。

休みなく牛と向き合い続ける畜産農家の仕事

100年先も丹波篠山牛をおいしく食べてもらうために解決しなければならない課題は、後継者不足に尽きるといいます。「どんな世界の職人さんも同じやけど、技術が要ることやから、なかなか後継者は育ちにくい」と木村さん。そのうえ、牛を飼うという仕事は365日切れ目なく続くため、体力的なつらさもあります。

「いくら就農促進と言っても、本人が好きでないと生き物は飼えない。休みがほしいと思ったら無理な仕事」と言葉をつなぐのは、牛を見ていると落ち着くと話す東門さんです。

牛の飼育期間は病気との戦いでもあります。ストレスがかかると牛はすぐに熱を出し、まるで人間の赤ちゃんのようだといいます。しかし、毎日牛の顔を見ていれば、体調のちょっとした異変にもすぐに気付くことができます。
牛肉市場にとっては、新型コロナウイルスの世界的な感染も脅威です。「商品がだぶついてくると、相場は冷え込んでくる。でも、オイルショックもリーマンショックも乗り越えてきたんやから」。

生粋の丹波篠山牛でチャンピオンを取りたい

昭和43年から牛を飼う木村さんがこれまでで1番うれしかったというのが、県の畜産共進会で4回チャンピオンになったことです。兵庫県には枝肉ではなく生きた牛の肉付きや張りを競う共進会があり、2020年がなんと102回目。兵庫県内で肉牛の肥育がどれほど長く研究されてきたかがわかります。「平成2年に養父(やぶ)の共進会でチャンピオンになったときは、『肉の東門』さんに買ってもらった」。写真は、そのときの木村さん(右)と、東門さんの先代です。
近年は、多頭飼育の農家がチャンピオンを取ることが多いという共進会。しかし、木村さんも再びの頂点を諦めたわけではありません。「できたら篠山生まれ篠山育ちの牛でチャンピオンを取りたいけどな」。丹波篠山牛の中でも生まれも育ちも丹波篠山の、いわば “生粋” の丹波篠山牛の稀少性とその味を地域の人に認識してもらえる仕組みが作りたい。それは、木村さんと東門さんが共に願うことです。

後継者の肩にかかる丹波篠山牛の未来

「あきちゃん、ちょっとこの牛見ていって」。木村さんは東門さんを手招きし、月齢の割に肉付きがよい牛をお披露目します。「うわ、こらええもん見た」。2人が話し始めると牛の相談事が尽きません。明治時代から脈々と受け継がれてきた兵庫県の肉牛が、丹波篠山の静かな盆地でおいしく育っているのは、こうして先輩から後輩へと、牛飼いという職人の技が伝えられてきたから。

一度ステーキの焼ける香ばしい匂いを嗅いだら、一度その網目のように広がる脂のうまみを味わったら、消費者の鼻と舌は、丹波篠山牛のおいしさを覚えてしまうのだといいます。100年後の丹波篠山市民は、その味を覚えているでしょうか。それは、厳しい牛飼いの仕事を好きだと言い切る職人が生まれるかどうかにかかっています。

施設情報はこちら

スポット名
肉の東門

住所
兵庫県丹波篠山市西新町182-1

電話番号
079-552-2914

営業時間
09:00~19:00

休業日
水曜日、1月1日

※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。

地域ナビゲーター

堀 まどか

近畿支部 翻訳・通訳案内士
堀 まどか

兵庫県生まれ、在住。阪神間の街と海と山の近さがお気に入り。通訳案内士(英語ガイド)として、また、地域と観光を切り口にしたフォトライターとして西日本のおもしろさを伝えています。好奇心さえあれば、地域の魅力をまだまだ発見できるはず。