
山梨県富士河口湖町
2021.04.23
この記事では、日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介します。
今回スポットをご紹介いただいたのは、大分県佐伯市で唯一のふぐ専門店を営む柳井商店の二代目店主、柳井太一(たいち)さんです。
九州の東海岸にある大分県佐伯市は、言わずと知れた漁業のまち。佐伯市と愛媛県との間を南からの黒潮と瀬戸内の潮がぶつかる豊後水道(ぶんごすいどう)は、全国でも有数の好漁場です。佐伯市で唯一のふぐ専門店を営む柳井商店は、そんな豊後水道の恩恵を受け、全国の料理人や食通をうならせる自慢のトラフグを届けています。
柳井商店の二代目店主、柳井太一(たいち)さん(写真中央)が「100年後まで残したい風景」として教えてくれたのは、一級品の天然のトラフグを求めて太一さんも足を運ぶ「佐伯市公設水産地方卸売市場鶴見市場(以下:鶴見市場)」です。
柳井商店から鶴見市場までは車で20分ほど。柳井商店では、車で5分の場所に専属契約する養殖のいけすがあり、また鶴見市場からはその日に揚がった天然のトラフグを太一さんがその目で見て仕入れています。店舗でトラフグをいただくことができるのは、旬が味わえるトラフグのシーズンのみの期間限定で、地元の人や食通のみぞ知る美味を楽しむことができる場所なのです。
「輸送時間が長ければ長いほど魚にはストレスがかかって鮮度も落ち、おいしさは半減してしまいます。魚種の豊富さと鮮度維持の技術に優れていて、世界に誇れる鶴見市場がこの距離にあるからこそ、冬に新鮮なトラフグをお客さんに提供することができるのだと感じています」と、太一さんは紹介します。
世界に誇る市場とはどんなところなのか、足を運んでみることにしました。
午前4時に起床し、大分市内から東九州自動車道を南に車を走らせること1時間。リアス式海岸の湾曲した真っ暗闇を通るのは私だけではありません。同じ方向に進む数台のトラックの後ろに連なって、鶴見市場に到着。すでに働く人の姿が見えます。
到着したのは空が薄紫色に変わる6時ごろ、一般の人は入ることのできない、特別な朝の始まりです。
佐伯市の鶴見や米水津(よのうづ)、上浦(かみうら)、蒲江、隣の津久見市など、佐伯湾近郊の漁場から、漁師たちがその日に揚がった魚をこの鶴見市場に早朝から出荷します。
豊後水道から鶴見市場に水揚げされる魚介類は、なんと350種以上。寒暖差のある潮流が混ざり合い、そこに大量発生するプランクトンを食べるエビやイワシなどの小型魚介が来遊します。
さらにマダイやイカ、大アジ、大サバ、ブリなどの大型魚が小型魚介を求めて集まるのが、全国的にもまれに見る魚種の豊富さの理由なのです。特にイワシやアジ、サバといった大衆魚が主にまき網で漁獲されます。ちょうどこの日はヒラメやタイ、アジ、サバが多く揚がっていました。
場内は、たくさんの水槽がある活魚のせり場と、トロ箱が所狭しと並ぶ鮮魚のせり場の大きく二つに分かれていて、活魚の奥の列から順にせりが行われていきます。大分県漁業協同組合鶴見支店(以下:漁協)の職員である卸売人が、大きさや重さを書いた紙を活魚の水槽やトロ箱に貼り付け、手元の「浜帳」にも記録し、せりの始まりに備えます。
6時半を過ぎると、多くの買受人が市場に集まりはじめ、魚を見定めながら相場やお互いの希望金額のやりとりが行われ、すでに交渉が始まっているような雰囲気。活魚の水槽には天然のトラフグも揚がっていて、そこに太一さんの姿もありました。
「2、5、2、5、2、5!」
「7、5、7、5、7、5!」
赤い帽子のせり人の威勢のいい声が場内に響き渡り、青い帽子の買受人が次々と魚を競り落としていきます。全身にビリビリとその迫力が伝わり、思わず背筋が伸びます。
競り落とした活魚の水槽から、漁協の職員がたびたび魚を受け取り、さばいている…?
近づいてみると「これはさばいているのではなく、“神経締め”という方法で活き締めにしているんです」とのこと。
神経締めは誰にでもできる技術ではありません。魚を熟知した漁協の職員の手によって施され、見た目の美しさと鮮度、おいしさと、魚の質を保つための技の一つなのです。神経締めののち、氷を入れた海水で冷やします。出荷先に合わせて冷やし方も調節しているという細かな配慮にも驚かされました。ささいなことのようで実は重要なプロセスに、太一さんが言う鮮度へのこだわりを感じました。
「どうしたら魚に高値が付き、ベストな状態で消費者に届けられるのかをみなさんに伝え、アドバイスをするのが漁協の役目なんです」と教えてくれたのは、漁協の支店長である山田正喜さん。漁協が漁師と仲買人との橋渡しをすることで、魚の扱い方や並べ方などを研究、改善し、お互いに品質を高め合え、相乗効果を発揮できているとのこと。付加価値のある鶴見市場を通して出荷する漁師も年々増えているといいます。
鶴見市場で競り落とされた魚は、大分県内でも広くスーパーで買うことができ、日常的に食卓に並んでいます。このおいしさが当たり前にあることは、実はとても幸せなことだったんだと気付かされました。
せりの傍らで、漁船が横付けする場面も。運搬船で大量に出荷される魚は、すり身などの加工用や養殖の餌として卸されるものがほとんどです。
大量の魚が詰め込まれたタンクは、鶴見市場からほど近い場所に点在する加工会社のトラックへ。すばやく短時間で輸送することができます。タンクを運ぶフォークリフトが電動式なのは排気ガスなどが出ないようにとの心遣いの表れ。そういえば、場内は魚の生臭さはほとんどなく、むしろすがすがしい気分で過ごしていました。
よく見ると、トロ箱の一つ一つにはしっかりと氷が打たれフィルムがかけられています。これも魚が乾かないよう、少しでも鮮度が保てるようにとの漁協の工夫なのです。
山が蓄えた栄養分を川が海へと注ぎ、その豊かな海で育まれる佐伯の海の幸。より良い状態にと心血を注いでいるのは、受け継がれる技術と知恵、経験、そして「一番おいしい状態で食卓に届けたい」と願う漁師と買受人、鶴見市場の人々の思いと“心遣い”が支えているのだと、市場のすみずみから実感しました。漁場と市場の近さは、地理的な距離だけでなく、互いの心の近さが世界に誇る市場へと育んだのでしょう。
土地の条件による鮮度や魚種の豊富さに加え、さらにその品質を確保するためのこだわりがあるからこそ、佐伯市の海の幸は県内でもおいしいと評判。ぜひ佐伯市でおいしい海の幸に出会ったら、鶴見市場の方々の仕事ぶりを思い出していただけると嬉しいです。
施設情報はこちら
佐伯市公設水産地方卸売市場鶴見市場
大分県佐伯市鶴見大字地松浦206-16
0972-33-1121(大分県漁業協同組合 鶴見支店)
※一般の方は入場できません。
立ち寄りスポットはこちら
豊後水道ふぐ 柳井商店
大分県佐伯市野岡1丁目8番27号
0120-298-871
9:30〜18:00
土・日・祝休業(実店舗は冬季の間、土日祝も営業)
※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。
九州支部 ふるさと大分の魅力案内人
牧 亜希子
大分県大分市出身、在住。大分県各地の魅力をデザインや言葉、写真を介して伝えることを生業に長年携わってきました。プランナー・ライターとして自分がいいなと思った直感を信じて「大分ならでは」「大分だからこそ」を表現し、愛するふるさとを編集し続けていきたいです。