
山梨県富士河口湖町
2021.04.09
日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」を紹介するコーナー。今回は、加賀市の老舗漆器店「大尾嘉漆器」の大尾嘉孝(おおおかたかし)さんが推薦してくれた「山中座」をご紹介します。
石川県のもっとも南に位置する加賀市、その山あい、四方を山に囲まれて山中温泉があります。開湯約1300年といわれる北陸有数の温泉地であり、約400年の歴史を誇る山中漆器(山中塗ともいう)や民謡の山中節でも知られており、その温泉街の中心に立つのが観光名所「山中座」です。
この山中座を「100年先に残したい」と推薦してくれたのが、地元の老舗漆器店「大尾嘉漆器」の5代目・大尾嘉孝(おおおが・たかし)さんです。「山中座は山中温泉を代表する場所であり、私が子どもの頃から慣れ親しんだ場所です。
内装には山中漆器の技術が随所にあしらわれており、職人の高い技術を垣間見ることができます。さらに、館内には、山中温泉の芸妓さんが受け継いできた芸を披露する舞台や、長い歴史を誇る温泉の共同浴場もあるんですよ」と大尾嘉さん。地域の伝統や文化が詰まった山中座へ、さっそく伺ってみました。
山中座は平成14(2002)年に観光のランドマークとしてオープン。今回、山中座を案内してくれるのは、山中温泉観光案内所のスタッフ、池田御幸(みゆき)さん。「漆技術の粋を極めた内装が特徴なんですよ」。池田さんが山中座の魅力をこう語るように、館内の各所に使われる山中漆器は、木地の向こうが透けて見えるほど薄く挽くろくろの技術と拭き漆、そして色漆の加飾の美しさで知られています。「山中漆器の塗りの醍醐味を味わうなら、ぜひ天井を見てください」と池田さん。
ロビーに案内され天井を見上げて「おぉー」と思わず声が。天井には、地元民をはじめ旅館の接待さんや芸妓衆などが繰り出してみこしを担ぐ「山中温泉こいこい祭」をモチーフにした、「おわんみこし」と「大獅子みこし」が鮮やかににぎやかに、そして大胆に描かれています。祭りの楽しさがダイレクトに伝わってくるよう。「これは、色漆をはじめ金や銀を使う蒔絵(まきえ)技法の作品です。
職人さんが時間をかけて、ひと筆ひと筆丁寧に仕上げたものなんです」と池田さん。ほかにも、山中座には階段の手すりや欄間(らんま)、壁などあらゆる場所に「拭き漆」(木地に透けた生漆を塗り、木目を際立たせる技法)や塗り、ろくろ挽きの技術を見ることができます。
伝統芸能を披露するホールもあり、ここにも山中漆器の技術がいっぱい。総ヒノキ造りの舞台は拭き漆、舞台後ろの松の絵は色漆を使って蒔絵の職人さんが仕上げたものです。
入口ドアの取っ手は木工芸の人間国宝、川北良造(かわぎたりょうぞう)氏と息子の親子で制作。さらに、客席の椅子の肘掛けや壁のあしらいなど、山中漆器の職人が総出で造り上げたホールとなっており、芸妓衆が優雅な舞を踊るのに最適な舞台になっているんです。
「忘れしゃんすな~山中道を~」、哀調おびた切ない歌詞に、流れるような節回しの「山中節」が歌い継がれる山中温泉。山中節は、北海道の「江差追分」、茨城県の「磯節」と並び日本三大民謡(諸説あり)のひとつに数えられているそうで、山中座は、そんな山中節を受け継ぐ伝統芸能の舞台としても重要な役割を担っています。
山中座のホールでは、毎週土・日曜、祝日の15時30分から約40分間、山中芸妓と座員による「山中節四季の舞」が上演。本来ならば旅館に宿泊し、お座敷に呼んで披露してもらうものですが、ここ山中座では特別に上演され、気軽に鑑賞(大人700円)することができます。演目は長唄や山中節など6つで、なかでも女性が演じる獅子踊りは全国でも珍しいそうで、これは必見ですね!こちらもずっと受け継いでいきたい伝統芸能です。
そもそも、山間に位置する山中温泉は、漆の器に適した樹木がすぐに手に入る環境。およそ400年前から木製椀を作る挽物技術が発達し、江戸時代には漆塗りや絵柄を施す蒔絵の技術が伝えられ、日本有数の漆器の産地として発展してきました。椀木地(わんきじ)の薄挽きや、木地の肌に極細の筋を入れる「加飾挽き」など、ほかの産地にはまねができないほどの高い技術をもつ、木地ろくろ挽き職人の技が山中漆器を支えてきました。
「山中漆器は木製の伝統的な漆器だけではなく、昭和31(1956)年からはプラスチックの素地にウレタン塗装をする近代漆器に取り組みました」と、山中漆器連合協同組合理事長の竹中俊介(たけなか・しゅんすけ)さんは話します。そうすることで伝統漆器と近代漆器を合わせた生産額では全国1位の座を保ち、漆器職人の仕事を確保してきたのです。
「伝統工芸の継承するために山中漆器産業技術センターを設立し、全国から研修生を募集しています。今年度は卒業生10名のうち、9名が地元に就職を決めています」。山中漆器の技がしっかりと継承され地元に根付いているといいます。
また、山中温泉では、山中漆器の最大の特徴である木地ろくろの体験ができる木地師の店「mokume」もあります。体験は完全予約制(4,400円~)で、自分だけのオリジナルの木の器か小箱を作ることができます。山中漆器は、ひとつの木地椀を作るだけでも数十本のカンナやノミなどを使いこなし、時間も手間もかかる手作業。その説明も聞きながら実際にろくろを体験することで、手仕事の難しさをほんの少しでも感じ取ることができますよ。
「私が山中座を『100年先も残したい』と思うのは山中漆器の技はもちろん、実はこのコミュニティスペースに集うことに意味があると思っているからなんです。現代は人同士がふれあう機会が少なくなっていますが、ここに来れば地域の人たちとも触れ合える、そんな場を未来に残していきたいのです」と大尾嘉漆器の大尾嘉さん。山中座は観光情報などを入手できる観光の拠点となっているため、観光客が立ち寄ります。また、山中温泉の共同浴場を併設しているため、風呂上がりのご近所さんが立ち話をしています。「ふとしたことで知らない人同士の会話も始まるかもしれない。そんな人と人との情報交換の場であってほしいですね」。
温泉・漆器・民謡と地元の伝統をすべてを集め、共同浴場には地元の人が集い、伝統芸能のホールに国内外の観光客が訪れる。地域密着型であり、観光のランドマーク的な存在でもある山中座。山中温泉が後世に伝えるべきことが丸ごと凝縮されていました。地元に愛される魅力を備えた山中座をより多くの人に知ってもらいたい。そんな思いが溢れてきました。
施設情報はこちら
山中座
石川県加賀市山中温泉薬師町ム1
0761-78-5523
8:30~22:00
無休
入館無料
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中部支部 ふるさとLOVERSナビゲーター
ライター事務所AVANCER
およそ30年、観光雑誌や観光系Webの企画・取材・執筆・撮影・制作などに関わり、北陸を知り尽くしたライター集団の事務所。取材範囲は北陸のみならず、広範囲。旅好きの集まりなのでプライベートでも全国、海外へ。楽しく取材してその魅力を存分に伝えます。