
山梨県富士河口湖町
2021.03.25
この記事では、日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介します。
今回スポットをご紹介いただいたのは、北海道網走市でオホーツク海産の水産品を専門に取り扱う「株式会社三洋食品」で、インターネット通販を担当する阿部将人(あべ・まさと)さんです。
流氷は読んで字のごとく「流れる氷」です。そのため流氷の海は風向きや潮の流れ、太陽の角度、気温などによって、その表情が刻々と変化していきます。例えば、同じ場所で同じ時間に2日続けて流氷を眺めたとしても、その印象は大きく異なるでしょう。つまり、同じ流氷の風景には二度と出会えません。真冬のオホーツクの海岸では、流氷の風景との一期一会が繰り返されているのです。
今回、100年先に残したいものとして「流氷」をご紹介いただいたのは、「株式会社三洋食品」の阿部将人さん。三洋食品は、「オホーツクの海の幸を鮮度抜群のままに、全国の食卓へ」をポリシーに、オホーツク海の恵みともいえる毛ガニをはじめとした海産物を取り扱う水産加工会社です。阿部さんのご自宅の窓からは、冬になると流氷の海が見えるそうです。
「流氷は冬の日常風景の一部ですが、毎年1月下旬になって水平線の上に流氷の白い帯が見え始めると、本格的な冬の訪れを感じます」という阿部さん。そんな冬の風物詩の流氷は網走というまちの営みにとって、重要な役割を担っている自然現象です。
網走で流氷が初めて目視される流氷初日の平年値は1月21日、流氷終日は4月11日です。網走で流氷が見られる期間は平均すると81日間。オホーツク海には、毎年3カ月近くも流氷が浮かんでいることになります。そのため「網走には四季だけではなく、流氷季を加えた五季がある」との説を唱える方もいるほどです。
北海道のオホーツク海側は流氷が発生する場所としては、北半球における南限地帯です。同じくらいの緯度にある北海道の日本海側では、流氷は見られません。つまり、流氷が誕生する秘密はオホーツク海にあります。
オホーツク海は平均深度が約800メートル。ほかの海域に比べると浅い海に、シベリアを流れる大河のアムール川から大量の真水が流れ込みます。塩分を含む海水は水温がマイナス2度以下にならないと氷結しませんが、アムール川の真水によって、通常より塩分濃度の薄い海水が上層部にあるオホーツク海は、ほかの海よりも氷結しやすい性質を持っています。オホーツク海の地理的条件や周辺の自然環境、気候の微妙なバランスの中で発生する流氷は、奇跡的な自然現象なのです。
30年ほど前まで、流氷は海岸や展望台から眺めるだけの自然現象でした。しかし、1991年1月に網走港を基地とする流氷砕氷船「おーろら」が運航を開始してからは、よりアクティブに流氷の海を体感できるようになりました。
観光用に新たに設計、造船された「おーろら」は世界初の流氷観光砕氷船です。流氷を砕きながら推進する際に受ける大きな力に耐えうる堅牢な船体構造を持ち、船の重さと強大なエンジンのパワーを活かして、氷海を航海していきます。この推進方法は南極観測船「しらせ」と同じ。「おーろら」は「しらせ」のミニチュア版の観光船といえるでしょう。
道の駅「流氷街道網走」にある発着場から「おーろら」に乗り込み、網走港のシンボルの赤い灯台をすぎると、流氷の海はすぐ近く。凍てつくオホーツクの風に吹かれながら、展望デッキで「おーろら」が氷海に突入するのを見守ります。
しばらくすると「おーろら」が「ドーン、ギギィ」という音と船の揺れを伴って、流氷帯に突入。展望デッキにいる乗客たちからは「すごい!」「大迫力!」といった歓声があがります。
見渡す限りの海一面が流氷に覆われ、その向こうに白銀の頂が連なる知床半島が見える光景は「おーろら」に乗船しないと見られない絶景。あまりの美しさに寒さも忘れるくらいです。
流氷が去ると「おーろら」は知床半島のウトロへと回航され、4月下旬から10月の終わりまで世界自然遺産の知床をクルージングする観光船になります。
「昨年までは外国からのお客さまも『おーろら』に数多く乗船してくれました。新型コロナウイルスが流行する以前の船内にはさまざまな言語が飛び交い、国際色がとても豊かでしたよ。コロナ禍の終息後には、以前のようなにぎわいが戻ってきてほしい。そう願いながら、今は網走に来られない国内外のお客さまに向けて、SNSやYouTubeなどで積極的に流氷の状態などの情報を発信しています」というのは「おーろら」を運航する「道東観光開発株式会社」の大木俊和(おおき・としかず)営業所長。
当初は1隻で運航を開始した「おーろら」でしたが、年々増加する乗客に対応するため1995年からは2隻体制での運航となりました。国内外の多くの人々を魅了してきた流氷は、冬の網走の貴重な観光資源なのです。
例年3月中旬ごろになると、流氷が沖に後退し、沿岸に水路ができて船舶の航行が可能になると流氷明けが宣言されます。海明けとも呼ばれる流氷明けを迎えると、オホーツク海には毛ガニやウニを獲る漁船が戻ってきます。食の宝庫である網走の中でも、流氷明けに獲れる毛ガニとウニは最も美味といわれ、春が訪れた喜びを感じさせる特別な味覚です。
実は流氷の中にはアイスアルジーと呼ばれる植物プランクトンが大量に含まれています。春になるとアイスアルジーはオホーツク海に溶け出して、食物連鎖の基礎となり、さまざまな生物を育む豊かな海を作ります。つまり、流氷はオホーツク海に生息するすべての生物にとって、ゆりかごのような存在。網走を代表する味覚である毛ガニやウニも、流氷からの恩恵のひとつです。
「このまま地球の温暖化が進むと、今世紀中には流氷が見られなくなるという学説もあります。仕事で取り扱っているオホーツク海の魚介類を育んでくれる流氷を守るためにも、自分にできる温暖化対策をこれからも続けていきたいと思っています」という「株式会社三洋食品」の阿部将人さん。
網走の基幹産業である漁業や観光産業などに様々な恵みを与え続てきた流氷は、この街に暮らす人々の営みにとって、欠かすことのできない自然現象といえるでしょう。網走は流氷とともに生きるまちなのです。
<今回の旅スポット>
網走流氷観光砕氷船おーろら
北海道網走市南3条東4丁目5の1
道の駅(流氷街道網走)
0152-43-6000(8:00~17:00)
運航期間 1月中旬から4月初旬まで
※「おーろら」は天候状況などによっては欠航になる場合もあります
北海道支部 フリーライター・編集者
桑原 雅彦
フリーライター、エディター。大学生の時にバイクツーリングで訪れた北の大地に魅せられ、1994年、生まれ育った大阪市から北海道網走市に移住。道内各市町村の観光パンフレットや町勢要覧など、印刷物の制作を主に担当。生産者の方々の熱い想いや、商品の背景にあるストーリーの数々をお伝えしていきたいです。