
岩手県奥州市
2020.10.01
この記事では、日本各地のナビゲーターが、その土地に暮らす人たち(ふるさとLOVERS)からお聞きした「100年先に残したいもの」をご紹介します。
今回登場いただくのは、松山市のビールメーカー「DD4D」(ディーディーフォーディー)のオーナー・山之内圭太さんです。
愛媛県松山市の観光地といえば、まずは「道後温泉」。そう思い浮かべる人も多いはず。でも、今回ご案内するのは、松山のちがった表情です。「ここを知って移住しました」という人もいるほど、惹きつけられるエリアがあるんです。
それが、松山市の中心地から車で15分ほどの、三津と呼ばれる港町。舟に乗って湾の対岸に渡る、全長80mの航路「三津の渡し」が有名です。この航路は、室町時代がルーツで、今でも市道として活躍しています。三津はかつて、松山の海の玄関口として栄えた場所。点在する立派な古民家が当時のにぎわいを教えてくれる、わたしもお気に入りのエリアです。
なぜ三津をご案内するのかといえば、以前取材した松山市のビールメーカー「DD4D」(ディーディーフォーディー)のオーナー・山之内圭太さんが、三津の名物「三津浜焼き」を「松山にずっと残したいもの」と推薦してくれたから。
ワインのように豊かで、独創的なテイストのビールを生み出す圭太さん。そんな繊細な舌を持つ彼がおすすめする港町のソウルフード、気になりますよね? 特に学生時代、圭太さんの胃袋が大変お世話になったという三津浜焼きは今でも、三津で30店ほどが提供しています。
このぷっくりした胴体こそ、三津浜焼き。ズバリ、お好み焼きですね。でも、おなじみの丸い形ではなく半月型です。関西地方は、具と生地を混ぜて焼く「混ぜ焼き」。一方、三津浜焼きは、広島と同じく、具を載せる「載せ焼き」です。昔から航路がつながる広島と三津だけに、当然似てはいますが、焼き方やトッピングなどが違います。その違いはまた、のちほど。ではさっそく、三津へ行ってみましょう!
目指すは、松山の人も知る人ぞ知る、2019年4月にオープンしたニューフェースの「お好み焼き いずみ」です。「三津の渡し」から、徒歩3分の場所にあります。古い蔵を改装した、焼き杉の壁が目印。カツカツ、カツカツ。コテがせわしなく動く音が、外でも聞こえてきました。
11時のオープン直後、まだお客さんもいないのに、鉄板の上の格闘はすでに始まっていました。「今日は予約でいっぱいなのよ」と笑顔で話すのは、三津生まれ三津育ちの店主・泉百合子さん。三津浜焼き専門店は、百合子さんのように、“浜のお母さん”たちが切り盛りしている店が多いんです。
生地を焼き、その上に焼いたソバかうどんを載せ、さらにその上にキャベツや肉などの具材と続くのが三津浜焼き。一方、広島は、生地の上に先にキャベツや具を載せ、後で麺を重ねるスタイル。三津浜焼きは、魚の削り粉とピンク色のちくわのトッピングも独特。肉はかつて、牛肉が一般的でしたが現在は店によって異なり、「いずみ」では豚肉と牛脂で甘みとコクを出しています。そしてソースが甘め。これは食べものが総じて甘い、松山の食文化の表れです。
三津浜焼きの最大のポイントが、ソースを塗った面を内側にして真ん中から折り返すこと。「私が子どもだったころ、駄菓子屋の一角には小さな鉄板があってね。そこで三津浜焼きを売っていたの。小さいから、折った方がたくさん焼けるでしょ?」と百合子さん。この理由こそ、半月型の有力説です。
一番人気の「ソバ台付肉玉入」(税込600円)をいただきました。キャベツ、牛脂、ソースの異なる甘み、コクが口いっぱいに広がり、そこに、かまぼこや魚介の粉からでるうま味が上乗せ。ふんわり、トロッとした生地の口当たりに、麺の食べ応えが加わって、箸が止まらない!これは、お店を持って2年足らずの味ではありません。
定年退職するまで、保険の代理店で働いた百合子さん。子どもの友人やご近所さんに振る舞っていた百合子さんの味は、当時から「おいしい」と評判でした。「いつかは自分のお店を、と思っていました。みんなに『懐かしい』って思いながら食べてほしくて、お店を始めたのです」。「いずみ」の味は、家庭で作り続けた“おふくろの味”なのです。
かつて、肩がぶつかるほどに人が行き交ったという三津浜商店街。百合子さん自身、その衰退を目の当たりにしてきました。「人情たっぷりのこのまちが好き。この場所に来てもらって、昔のにぎわいが少しでも取り戻せたらうれしい」と、その想いを語ります。
通りを歩き、三津浜焼きを食べる。なぜか込み上げてくる、懐かしさ。その正体は、単にレトロな景色というだけではなく、このまちの人の温かさが醸すものなのかもしれません。道ゆく人が声をかけてくれる浜の包容力だったり、百合子さんがかける言葉のやさしさだったり。鼻の奥がツンとするような郷愁に近い心地に、お腹も心もパンパン。この風土まるごと、ずっと残りますよう。帰り道、そう願わずにはいられませんでした。
<今回の旅スポット>
お好み焼き いずみ
愛媛県松山市三津1丁目2-8
11:00〜19 :00( 現在は15:00までの短縮営業)
毎週水曜・木曜定休
089-904-3686
※施設に属する情報に関しましては、予告なく変更となる可能性がございます。ご訪問の際は各施設のホームページ等で最新の情報をご確認いただきますようお願いいたします。
四国支部 ライター・エディター
ハタノエリ
宮崎県の海のそばで生まれ育ち、高校卒業後は大学、仕事、夫の転勤を理由に
全国各地10カ所以上で暮らしました。2017年、愛媛県松山市に移住。現在は、ライター、エディター、コピーライターとして、取材対象の言外からあふれるものを拾いながら、ひと・もの・ことを、ことばで表現しています。